Feature特集

鉃道大好きオヤジとぶらり旅

2017.07.13号掲載

鉄道大好きおやじとぶらり旅
JR東北線の郡山ー塩釜(旧塩釜埠頭駅)間が開業し、今年で130周年を迎えた。東北新幹線開通前、急行や特急、寝台などさまざまなタイプの列車が登場し華やかだった頃から、普通列車による近郊輸送が主体となった今の様子まで、東北線をつぶさに観察してきた鉄道ファンの皆さんに時代の変遷を語ってもらった。(H)

鉄道ファン語る 東北線 

取材場所の東北福祉大鉄道交流ステーション(青葉区国見)にお集まりいただいたのは、みちのく鉄道応援団の皆さん。半世紀以上鉄道を見続けてきた。

文化拡張の道筋

柏木璋一さん(83)は「東北に文化を広げる重要な道筋となったのが東北線。その歴史的意義は計り知れない」と感慨深げ。東北新幹線の延長で盛岡駅以北は第三セクター路線となり、黒磯駅以南は「宇都宮線」と呼ばれることが多くなった今の東北線の姿に「やっぱり悲しいね。車種も少なくなっちゃったしね」と嘆く。

郡山―塩釜間の敷設は、当時の日本鉄道(私鉄)が行った。後に国有化され戦後は国鉄、JR東日本へと移り変わった。「この区間の工事では、塩釜まで船で運んできた資材を使ったそう」と話すのは原田正純さん(70)。「工事はハイスピードで東北開発という国策だったんだろうな~」

仙台駅は上野—青森のほぼ中間点で、上野—塩釜の工事は5年がかり。青森駅まで全通したのはそれからさらに4年後だった。

知る人ぞ知る鉄道唱歌

亀谷英輝さん(87)が「鉄道唱歌はご存じ? 東海道線の歌は有名だけど、東北線もあるんだよ」と教えてくれた。そして、はつらつとした声で「♪東北一の都会とて 其名(そのな)しられし仙台市 伊達政宗の築きたる 城に師団は置かれたり~」と美声を響かせ、一同拍手。

懐かしの客車

1950年代後半は、地方でも複線化が始まり、南から順に電化が進んだ。SL、気動車、電気機関車などが混在し、列車種別も普通、急行、特急と多様化してきた。

林幸雄さん(63)は「中学1・2年生の時だから65年ごろかな。夜行の普通列車で仙台駅から上野駅まで行ったよ。ほとんど眠れなかったね。今は電車だけど、当時は客車。途中までSLがけん引したんだよ」と懐かしむ。

歴史を知ると、いつもの駅がまた違って見えてくるかもしれない。4人の貴重な話を聞き、東北線の旅をしたくなった。


「越河(こすごう)越え」と呼ばれる、勾配のきつい貝田|越河間。SLが2両連結し客貨車をけん引する「重連運転」が行われた(1958年)

電車化された急行「みやぎの」の仙台駅での出発式。テープカットしたのは当時の島野武仙台市長(1962年)

先頭に日の丸を掲げ、仙台駅を発車したお召し列車(1963年)

東北新幹線の開通前、東北線の看板特急だった左から「はつかり」と「ひばり」

「やまびこ」と言えば東北新幹線でおなじみの名称だが、以前は上野ー盛岡間を結ぶ特急だった

電気機関車重連による貨物列車(1978年)



鉃道大好きオヤジとぶらり旅1950〜72年に使われた仙台駅旧駅舎。駅前を仙台市電が走る光景が懐かしい
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