Sportsスポーツ

2017.06.01号掲載

VEGALTA SENDAI

ベガルタ仙台

スタジアムDJ大坂ともおが選手と対談 場外フリーキック

スタジアムDJ 大坂ともおが選手と対談 場外フリーキック

今回のお相手

MF

佐々木 匠 選手

憧れの先輩と競う

ともお ジュニアの頃からベガルタだけど、入ったきっかけは?
佐々木 幼稚園の時、同級生に誘われて観戦し、ベガルタスクールに入りました。小・中・高校とずっとベガルタです。
ともお 今19歳だよね。僕がスタジアムDJになって19年。息子のような気がする(笑)。
佐々木 子どものころから、ともおさんの「ゴール」の雄たけびを聞いているので僕もそんな気分です(笑)。
ともお 憧れのベガルタ選手は誰だった?
佐々木 昔から梁(勇基)さんです。アウェーでの試合後は、ご飯を一緒に食べるのが定番になりました。本当にいろんなことを教わっています。
ともお やっぱり頼れる先輩かな。
佐々木 広島戦(4月)の梁さんのゴールは「すごいな」と思いました。でもチーム内で同じポジションを争う立場なので、「悔しい」という思いもありました。憧れの先輩と競うことがうれしいです。いつか追い付き、追い越して10番を背負いたいですね。
ともお 簡単には譲ってくれないだろうね。
佐々木 僕のビジョンでは10番にふさわしい実力を付け、仙台で活躍してから、海外リーグに挑戦するのが理想です。

 

ささき・たくみ  背番号28
1998年3月30日生まれ 
仙台市出身 166㎝/59㎏

子どもたちに夢を

ともお ルヴァン杯大宮戦では先制点を決めた。U−20(20歳以下)ワールドカップ日本代表に選ばれなかった意地のゴールだった?
佐々木 選ばれることより、世界のレベルを体感したいと思いました。でももう気持ちは切り替わっています。東京五輪も目前ですからね。
ともお 格好いいね。ところで休日はどう過ごしているの?
佐々木 (中野)嘉大選手を案内して仙台の街中で食事やカフェに行くことが多いです。
ともお 最近は女子人気も高まったのでは?
佐々木 いやー全然ですよ。やはり一番見てほしいのは子どもたちです。自分も子どもの時からサッカーを続けてきてプロになれました。「努力すれば夢はかなう」と証明できるようにプレーで見せていきたいです。

5月17日対談

★対談後、佐々木選手はトゥーロン国際大会に臨むU−19(19歳以下)日本代表に選出された。

 

世界の舞台での活躍を目指します!

聞き手/おおさか・ともお

1970年6月19日生まれ。仙台市出身。ラジオパーソナリティーとして数々の番組DJを担当。現在Jリーグベガルタ仙台のスタジアムDJとして毎試合ホームゲームで、「GOAL!」の雄たけびを上げている。


ちょっとハーフタイム 飯尾篤史

自分だけの武器を磨け

韓国でU−20W杯を取材した。
かつて磐田の指揮を執った内山篤監督率いるU−20日本代表は、グループステージの初戦で南アフリカを2−1で下すと、第2戦では優勝候補の一角に数えられるウルグアイに0−2と敗れた。
締め切りの時点でイタリアとの第3戦が行われていないため、決勝トーナメントに進出できるかどうかは定かではないが、2試合を見ただけでも選手たちがこの上ない経験を積んでいるのが分かる。
南アフリカ戦ではアフリカ特有のリーチの長さに苦しみ、ウルグアイ戦では南米特有のしたたかなゲーム運びにまんまとやられた。その中でもG大阪の堂安律がネットを揺らし、FC東京U−18所属の15歳、久保建英が強烈なシュートを見舞っている。
彼らは2020年東京五輪の主力となる世代でもあり、今大会における経験すべてが今後のキャリアにおける財産となり、糧となっていくはずだ。
今回は漏れてしまったが、ベガルタの至宝、佐々木匠もこの世代の選手で、実際に何度も招集されていた。ボランチとサイドハーフの両方で起用されていたのは、そのセンスや技術が高く評価されていた証しだろう。
もっとも、国際大会でボランチとしてプレーするには、フィジカル面で難しかった。
サイドハーフではどうだったか。堂安には局面を打開する強力な左足が、三好康児(川崎)にはスラロームのようなドリブルがあった。
一方、佐々木は技術面では彼らに引けを取らないが、監督が選びたくなるような武器がなかった――というのが、チーム立ち上げの頃から取材している記者仲間の評だ。
とはいえ、U−20W杯から落選してその後、五輪代表やA代表になった選手はたくさんいる。
5月末、佐々木はU−19日本代表の一員としてトゥーロン国際大会に出場し、キューバ、アンゴラ、イングランドといったチームと対戦する。
東京五輪への道は韓国ではなく、トゥーロンから。自分だけの武器は少しずつ磨いていけばいい。才能は間違いないのだから。

いいお・あつし

『週刊サッカーダイジェスト』記者を経て2012年からフリーランスに転身。専門誌時代には日本代表、仙台、G大阪、FC東京などの担当を歴任し、南アフリカW杯やカタールアジア杯などを取材。昨夏にはブラジルW杯も取材。サッカー専門誌やスポーツ総合誌、ウェブメディアなどに寄稿する。近著に『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)がある。