Sportsスポーツ

2017.08.03号掲載

VEGALTA SENDAI

ベガルタ仙台

スタジアムDJ大坂ともおが選手と対談 場外フリーキック

スタジアムDJ 大坂ともおが選手と対談 場外フリーキック

今回のお相手

MF

中野 嘉大 選手

なじみやすい環境

ともお 今季期限付き移籍した仙台のチームの印象は?
中野 雰囲気が良くてなじみやすいですね。川崎フロンターレではほぼ一番下でしたが、今は若い選手が多いので、いじられる立場じゃなくなって楽です(笑)。
ともお 仙台の食べ物はどう?
中野 牛タンが大好物で、焼肉屋に行かなくても食べられるからありがたいです。薄いのが好みですが、仙台のは厚くて食べ応えがあります。
ともお 休みの日は何をしているの?
中野 映画を見に行ったりしています。混んでいないのがいいですね(笑)。
ともお けがもあったものね。今がスタートラインという感じかな。
中野 けがは多いですが、プロになってから長期離脱したのは初めて。まだ自分で思い描くプレーを全然できていないです。

 

なかの・よしひろ 背番号23
1993年2月24日生まれ
鹿児島県出身 176㎝/66㎏

周囲と連係深める

ともお 昔からポジションはウイングバックだったの?
中野 トップ下やサイドハーフでした。僕自身、そこが適正な気がします。でも、今は与えられたポジションでしっかりと仕事をしてアピールしていきます。
ともお 天皇杯では母校の筑波大に敗れたけど2得点の活躍でした。
中野 学生相手なのでできて当たり前。Jリーグでできることが求められている。ボールが回って来ればやれる自信はある。試合でいかに自分にボールを呼び込めるかが大事です。
ともお いいポジションでボールを受けた時に中野選手の持ち味が発揮されると思う。
中野 狭いゾーンで受けるのが本当は得意です。プロになってからはまだ見せられていません。隙があれば中に入って行きチャンスを狙いたいですね。
ともお 仙台には他にいないタイプかも。
中野 それは結構言われます。僕は1対1の局面で、パスをするそぶりを見せながらドリブルしていくタイプ。周りの選手がいい位置にいてくれるのも重要なので、そういう連係をもっと深めたいです。

(7月13日対談)

自分のプレーでサッカーを見る人を増やしたい!

聞き手/おおさか・ともお

1970年6月19日生まれ。仙台市出身。ラジオパーソナリティーとして数々の番組DJを担当。現在Jリーグベガルタ仙台のスタジアムDJとして毎試合ホームゲームで、「GOAL!」の雄たけびを上げている。


ちょっとハーフタイム 飯尾篤史

ユアスタ仙台は日本の宝

20年の歳月が経ったことにではなく、20年前にこれほどのスタジアムが建てられたことに、改めて驚かされる。
ユアテックスタジアム仙台が20周年を迎え、7月22日に記念試合としてベガルタとレディースのWマッチが行われた。
20年前といえば、まだJ2はなく、Jリーグの下のカテゴリーはJFLだった時代。ベガルタはブランメル仙台として活動していた。
サッカー専用スタジアムの数も少なく、スタンド全面が屋根で覆われている専用スタジアムはカシマスタジアムぐらい。そんな時代に仙台スタジアム(当時)は誕生した。
J1初挑戦となった2002年・03年は満員のファン・サポーターであふれかえり、歌声や声援が屋根に反響して、天から声が降り注ぐようだった。
当時、僕はサッカー専門誌の編集部に勤めていた。専門誌の編集部なんてサッカー好きな人たちばかりだから、最高の雰囲気を味わいたくて、誰もが仙台スタジアムに行きたがったし、ベガルタ担当になりたがった(ちなみに僕が担当になるのは、手倉森誠監督が就任した08年から)。
地下鉄の車窓からスタジアムが見えるとワクワクしたし、試合中に記者席で「レッツ・ゴー・仙台・レディー・ゴー」と思わず口ずさんでしまうことが何度もあった。
このスタジアムの雰囲気やサポーターの声援に育てられた選手も多い。後に日本を代表するストライカーとなる佐藤寿人もその1人だ。
市原(現千葉)とC大阪で結果を出せなかった21歳は03年、選手生命を懸けて加入したベガルタでゴールを量産し、ストライカーとしての自信と地位を手に入れた。
「スタジアムの雰囲気に後押しされ、サポーターの声援に勇気づけられた。僕はストライカーとしてやっていく自信を仙台でつけさせてもらった」
選手にとって、間近で聞こえる声援や拍手がどれほど心強く、表情が分かるほど近い距離から突き刺さる厳しい視線がどれだけの叱咤になるか。
ユアスタに育てられる選手はこの先もたくさん出てくるはずだ。ユアスタは、仙台だけでなく、日本の宝物だと言っていい。

いいお・あつし

『週刊サッカーダイジェスト』記者を経て2012年からフリーランスに転身。専門誌時代には日本代表、仙台、G大阪、FC東京などの担当を歴任し、南アフリカW杯やカタールアジア杯などを取材。昨夏にはブラジルW杯も取材。サッカー専門誌やスポーツ総合誌、ウェブメディアなどに寄稿する。近著に『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)がある。