つややかに照り返す発色と光沢が持ち味の漆芸「玉虫塗」。仙台生まれの特許技術を事業化するベンチャー企業として1933年に誕生し、90年になります。「仕事を愉しむ」は、地域に根差した伝統工芸の担い手として、子どもさんたちに話す場などで紹介してきた言葉です。もちろん「遊びながら仕事をする」意味ではありません。モノづくりは不思議なもので、心のどこかで嫌だな、早く終わりたいなと思って制作していては、良いものができません。素材や道具と向き合って仕事に集中してこそ、魂の入った作品になっていきます。
玉虫塗は下地作りから最後の仕上げまでに十数段階の工程があります。工芸品は何百個、千個と同じものを作らなければなりません。「工房で同じ作業をしていれば同じようなものになるか?」といえば、ならないのがモノづくり。この「同じものを作り続ける」ことが大変なのです。玉虫塗は下地を施した後に銀粉を蒔き、最後に染料入りの透明な漆や塗料を吹き付けて仕上げます。
例えばワインレッドの色を出そうとしても、わずかに塗膜が厚ければ黒っぽく、逆に薄ければピンクっぽくなります。また、塗料の乾燥は湿度や温度に大きく左右されます。季節や天候といった条件が日々移り変わっていく中で、たくさんの「同じもの」を生み出すには、生産工程を微妙に調整する必要があります。工房には色の調合などのレシピはありますが、それにも載っていない勘のようなもの、それが職人技といえます。
よく、一人前の職人になるには10年かかるといいます。私も入社以来30年余り、先輩職人の背中を追いかけて腕を磨いてきましたが、作品の歩留まりでいえば7割くらい。そういう難しさがあるからこそ、うまくいったときには最高に面白いと感じます。
職人に向いているのは「マイペースな人」。私の会社では、最初に先輩から少し教わった後は、自分でやってみて、そこから学んでいくことを重視しています。あまり深刻に「早く一人前にならなければ」と頑張るよりは、マインドが落ち着いていて、ゆっくり身に着けていくタイプのほうが長い目で見ると伸びていくように思います。
10年後には創業100年を迎えます。1985年には宮城県知事による伝統的工芸品にも指定されました。でも、創業時からのベンチャー精神は今も変わりません。2013年から展開する新ブランド「TOUCH CLASSIC」は外国のお客さまに喜ばれていますし、地元にゆかりのある方・キャラクターとのコラボもファン層の拡大につながっています。
木をはじめ、ガラスや金属、プラスチック、紙など、多彩な素材に塗れるのが玉虫塗の強み。まだまだ新しい素材に挑戦できます。私ももうすぐ還暦を迎えます。次の世代になっても、国際展開と新素材という二つのキーワードを軸にしたベンチャー企業であり続けてほしいですね。