ベネチア国際映画祭報告2007

2. 0点の面白さが魅力? 北野作品

2007/8/31

 29日に開会式およびオープニング作品「償い」の上映で、いよいよ第64回目の映画マラソンが始まりました。

 「償い」は、イギリスの新鋭ジョー・ライトの劇映画進出2作目。第一次大戦前夜、貴族の娘セシリア(キーラ・ナイトレイ)とメイドの息子ロビー(「ラスト・キング・オブ・スコットランド」のジェームズ・マカヴォイ)の階級を越えた愛が、歳の離れたセシリアの妹ブライオニーの嫉妬と妄想から、思わぬ運命をたどっていく、という歴史メロドラマ。第一次大戦が始まり、大陸に出兵したロビーが、本隊と離れ離れになり、やっとダンケルクの浜辺に辿りつく場面で、目を見張るような長回しの1シーン1カットがあるのですが、1本の映画としては、あまりにも多くの要素を詰め込みすぎて、見ていて落ち着かない気分にさせられる作品でした。

 審査員長が張芸謀だから、というわけではないでしょうが、今年は英語圏の映画と並んで中国映画が目立つ年で、コンペ部門に3本、オリゾンティ部門に3本エントリー。いつにも増して中国人ジャーナリストの姿が会場をにぎわしています。

 注目の中国映画のトップを切って、30日にアン・リー(李安)の「色、戒」が上映されました。アメリカ映画界で活躍中のリー監督ですが、今回は国際的なクルーを引き連れ、中国に戻っての仕事。原作はアイリーン・チャンの短編小説で、1940年代の上海を舞台に、日本軍に協力する秘密警察の大物(トニー・レオン)と、身分を偽って彼の妻(ジョーン・チェン)に接近し、男の暗殺をもくろむ娘(タン・ウェイ)の危険な関係を描いています。いつもながらに端正で、非の打ち所のないアン・リーの百点満点の演出に感心しながらも、非情な権力者にトニー・レオン、女の色気で彼を篭絡しようとする娘にタン・ウェイという主役二人が、私にはミスキャストに思えてなりませんでした。話題は、トニー・レオンとタン・ウェイの大胆なセックス・シーン。迫真の演出に、記者会見で「二人は本当にセックスしているのか?」という無礼な質問が飛び、「あなたは映画を見たんですか? 見たなら答えはわかるでしょう」と、リー監督にするりとかわされていました。

 ある意味で、アン・リーの対極にいるのが、我らが北野武監督でしょう。特別上映された「監督・ばんざい!」は、観客に迎合することを嫌った北野監督が、“失敗したものを繋げていって監督自体がダメになっていく映画を作りたかった”という作品。満点の対極なら0点、ということになるのかもしれませんが、笑いというオブラートに包みながらも、これまでの自分の映画のみならず、自分以外の映画監督の映画まで全否定してしまおうという、世界に類を見ないアナーキーな、0点の面白さに溢れた作品。すでに世界的な名声を得ても、映画とは何かという根本的な問いを真摯に続けている姿勢には頭が下がります。日本ではヒットとは言い難い興行成績でしたが(11月11日にDVD発売)、ヴェネチアの観客は、小さなギャグにも敏感に反応し(ジダン人形が頭突きをする場面では特に大きな笑い声があがっていました)、終映後はスタンディングで拍手を送っていました。

写真上は、映画宮殿の赤絨毯の前で、サルデーニャ島サッサリの北野武ファンクラブの面々の歓迎を受ける北野武監督。メンバー達は、今回はカンヌで北野監督からプレゼントされた、ちょんまげのかつらをつけて現れました。

写真下は、“監督ばんざい”賞を受賞した北野武監督。副賞の時計を手にしています。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。