ベネチア国際映画祭報告2007

4.ロメールの達観 「アストレとセラドンの愛」

2007/9/05


 今年の夏は、日本の記録的な猛暑のように、ヨーロッパも異常気象のようです。ギリシャの山火事は日本でも報道されましたが、トルコでも水不足が起こっていて、ヨーロッパの南部は旱魃、北部は平年の3〜4倍もの降雨がある、という異常さです。今年の映画祭も、開幕日とその翌日、2日続きで雷雨に見舞われましたし、その後も雨模様の不順な天候が続いています。去年と大きく違うのは警備。去年は金属探知機でバッグを一つ一つ検査したために、ゲート前に長蛇の列が出来たのですが、今年はバッジを見せるだけで、ほとんど大丈夫になりました。ただし、上映会場の中は逆で、映画によっては、スタッフが巡回して盗撮を監視していたのには、びっくりしました。

 映画祭の中盤を飾って、ヌーヴェル・ヴァールの時代から活躍を続けるフランスの2人の巨匠の新作が上映されました。エリック・ロメールの「アストレとセラドンの愛」と、クロード・シャブロルの「2つに切られた娘」です。



「アストレとセラドンの愛」

 コンペ部門で上映された「アストレとセラドンの愛」は、17世紀初めにオノレ・ドルフェが大昔の時代を想像して書いた物語を、そのまま擬古典的なスタイルで映画化したもの。純粋な愛で結びついていた羊飼いのアストレとセラドンが、仲間の嫉妬で仲違いし離れ離れになるが、妖精の助けで再び愛を取り戻すまでを描いた音楽劇です。ロメールには、同じスタイルで古典を映画化した「聖杯伝説」という作品がありますが、他愛ない恋物語を透明感のある作品に仕上げてしまうところに、老境を迎えたロメールが映画作りそのものを楽しんでいるような、達観した心境に至ったことを感じました。ただ、“ヴェネチアにはこれまで賞を十分もらっているので”と、健康を理由にロメール本人は映画祭に現れなかったのが残念です。

 一方、特別招待作品の「2つに切られた娘」は、19世紀末から今世紀にかけて活躍したニューヨークの建築家、スタンフォード・ホワイトが愛人の婚約者に殺された事件を翻案したもの。これまでもミロス・フォアマンの「ラグタイム」や、リチャード・フライシャーの「夢去りぬ」として映画化されています。舞台は現在のフランス。高名な作家サン=ドゥニ(フランソワ・ベルレアン)は、テレビのお天気お姉さんガブリエル(ルディヴィーヌ・サニエ)の若さと美貌に魅入られて付き合い始めるが、彼女を見初めた富豪の青年ポール(ブノワ・マジメル)に殺されることになります。シャブロルは前作「石の微笑」でもそうでしたが、ストーリーをきちんと紡いでいく、というよりは、むしろその過程、素材の面白さと紡ぎ方の方に力点を置いているようで、精神異常すれすれの富豪の青年(ブノワ・マジメルが好演)、利己的な作家、出世欲の強い娘ら、それぞれの悪意を独特の視点でからかっています。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。