ベネチア国際映画祭報告2007

5.スパゲティ・ウェスタンの衝撃

2007/9/06

 今年は、日本ではマカロニ・ウェスタン、欧米ではスパゲティ・ウェスタンとして知られているイタリア製西部劇が特集されていることは既にお伝えしましたが、この特集の一環として、9月3日に「アメリカとアジアにおけるスパゲティ・ウェスタンの衝撃」と題されたシンポジウムが開かれました。左の写真はそのときのもので、左から映画評論家の山根貞男、リチャード・コーリス、ピーター・カウイーの各氏です。マカロニ・ウェスタンの始まりとされるセルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演の「荒野の用心棒」が、黒沢明監督の「用心棒」からの翻案であることは広く知られています。山根貞男氏によれば、「用心棒」も、実はダシール・ハメットの「血の収穫」からアイデアを得たもので、国境を越えてアイデアが循環していくのは映画によくあること、ということ。もともと、黒沢監督はジョン・フォードから強い影響を得た監督、“いただいた”アイデアをどのように自分のものにするかが監督の腕の見せ所でしょう。

 西部劇という特集を意識してか、コンペ部門にも2本の西部劇が入っています。1本はアンドリュー・ドミニク監督の「臆病者ロバート・フォードによるジェシー・ジェームズ暗殺」、もう1本は三池崇史監督の「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」です。

 「ジェシー・ジェームズ暗殺」は、南北戦争後のミズーリ州で、強盗団を組織して悪名高かったジェシー・ジェームズ(ブラット・ピット)が、仲間の一人ロバート・フォード(ケーシー・アフレック)によってどのように殺されたかを、フォードの後日譚まで含め、2時間25分かけでじっくり描いた力作。アンドリュー・ドミニクはニュージーランド出身の若手で、これがまだ2本目の監督作品です。プレスの評判はやはり“長い”ことに集中していますが、暗殺されたジェームズの遺体が公開されたり、ロバート・フォードが“暗殺”をショーにした舞台に立っていたり、彼も結局は殺されてしまうという後日譚がとても面白いと思いました。友人のドイツ人ジャーナリストは、“これはゼン・ウェスタンだ”、と言っていましたが、たしかに前半2時間のほとんど事件の起こらない、静かな物語展開は、一種、禅の境地に通じるものがあるかもしれません。私には、去年のヴェネチアで上映されたアメリカ映画がそうだったように、“自国の過去を振り返り、歴史を再評価する”という動きの現れのように思われました。

「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」の一場面

 「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」は、スキヤキ・ウェスタンとは、マカロニ・ウェスタンに対抗した和製ウェスタンという意味の造語。ジャンゴといえば、セルジオ・コルブッチの「ジャンゴ(邦題は「続・荒野の用心棒」)でしょうが、源氏と平家の末裔が隠された埋蔵金を求めて争っている村に、流れ者のガンマン(伊藤英明)がやってくるという設定は、むしろセルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」のようでもあり、様々な要素を詰め込んでシャッフルした、三池監督らしい破天荒な映画。幾つかの映画祭で特集が組まれるほど海外で名の通った三池監督、イタリアでも大きな注目を集めています。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。