ベネチア国際映画祭報告2007

6.エコノミー・ヴァイオレンス

2007/9/07

「最良の時」

 8日夜の授賞式を前に、映画祭も残すところあと2日。今のところ、批評家の間で最も評判がいいのは、チュニジアのアブデラティフ・ケシシュの「麦粒と鯔」、ついでエリック・ロメールの「アストレとセラドンの愛」、ブライアン・デ・パルマの「リダクテド」、ケン・ローチの「イッツ・ア・フリー・ワールド…」あたり。今年はアメリカ映画6本、イギリス映画4本と、英語圏の映画がコンペ作品中の約半数を占めるという例外的な年ですが、6日夜、サプライズ作品として杜〓峰の「マッド・ディテクティブ(神探)」が上映され、これがコンペ部門ということなので、中国映画も、李安の「色、戒」、姜文の「陽はまた昇る(太陽照常昇起)」、李康生の「助けて、愛の神様」の4本と、例外的に多い年になりました。

 去年、オリゾンティ部門に「開廷」という面白いドキュメンタリーを出品していたヴィンチェンツォ・マッラが、今年はコンペ部門に「最良の時」という劇映画を出品しました。田舎の貧しい家庭出身で、出世欲に燃える青年フィリッポ(ミケーレ・ラステラ)が、ローマで税査察官となり、上司のために身を粉にして働いているときに、富裕な画商で未亡人のカトリーヌ(ファニー・アルダン)と知り合い、彼女のコネを利用して出世の階段を駆け上がろうとする、というよくあるストーリーですが、シャンパン、オーダーメイドの衣服、プール付きの家に象徴される“最良の時”を獲得するため、モラルも捨て、愛する恋人も捨てていく青年が、非情でも冷酷でもない、“平凡な悪人”に描かれているところがいかにも現代的?!?と思いました。特に、建築中のアパートの納期を早めるために、組合員の排除や手抜き工事まで指示する青年には、我が国にもいた、似たような人物の姿を重ねてしまいました。


「イッツ・ア・フリー・ワールド…」

 ケン・ローチの「イッツ・ア・フリー・ワールド…」は、マッラと同じテーマを、手法も視点も違うやり方で描いた作品。人材派遣会社の社員だったアンジーが、同僚のセクハラが元で会社を辞め、親友ローズと自分の会社を立ち上げるのですが、手がける仕事が大きく、収入が増えるに従い、法に触れることにも手を出すようになり、やがては友人を失い、手ひどい報復を受けることにもなる、というほろ苦い物語です。

 フランスのル・モンド紙は“エコノミー・ヴァイオレンス”という言葉で表現していましたが、「イッツ・ア・フリー・ワールド…」のアンジーも、「最良の時」のフィリッポも、エコノミー・ヴァイオレンスの被害者かつ加害者であり、そのことに無自覚なところが、現在という殺伐な時代を言い当てているような気がします。

(注)〓は王偏に其

 左の写真は5日に開かれた「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」の記者会見後に、ジャーナリストからサイン攻めにあう、左から出演の桃井かおり、三池崇史監督と主演の伊藤英明各氏です。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。