ベネチア国際映画祭報告2007

7.日本映画を育てるために

2007/9/08

 授賞式を明日に控えた7日、イタリアのプレスはテレビも新聞も、世界最高のテノール歌手とうたわれたルチアーノ・パヴァロッティ死去のニュースで埋まっています。思えば今年はダイアナ元妃が交通事故死して10周年。あのときもヴェネチア映画祭開催中で、イタリアでも連日大きく報じられました。奇しくも、パヴァロッティの死が第一報で報じられた6日、知人の新聞記者から、日本を代表するドキュメンタリー作家、佐藤真氏自殺のニュースを聞かされ、大きなショックを受けました。

 映画祭の日刊紙チャック(チャックとはイタリア語でカチンコのこと)に、今のプレスの風潮を嘆く記事が載っていました。曰く、昔は朝早く起きて、新聞で友人の批評家が昨日見た映画のことをどう評価しているかを読み、意見を交換するのが楽しみだった。だが、今はどんなスターが何をしたか、というようなゴシップばかりで、映画の批評がなくなってしまった。ゴシップ記者が映画批評家と名乗っている、と。友人のジャーナリストからも、彼女の新聞がベンチャー企業に買われて以来、イベント的な記事ばかりを載せるようになって、長文の批評を書きにくくなった、という同じような嘆きを聞きました。

 インターネットの導入で、プレスの世界は、ダイアナが死んだ10年前と比べても随分大きく様変わりしました。赤絨毯に、どんなスターが誰と現れたかが、たちまちのうちに世界中に配信され、誰もが映像で確認できる時代になりました。けれども、スピードが身上のイベント的な情報は、すぐ次のイベントにとってかわられ、忘れさられていきます。プレスは次のイベントを追いかけるのに忙しく、今見た映画のテーマを考え、咀嚼し、批評する時間もないのが現状です。紙面から映画の批評が消え、ゴシップまがいの記事ばかりになるのは時代の流れなのかもしれません。けれども、映画の批評が消えるということは、映画の真価を理解し、観客に伝える橋渡し役が消えることであり、世間から映画への興味を失わせ、映画を殺すことにつながるのではないかと思うのです。

 6日の午後、ポルトガルの巨匠マノエル・デ・オリヴェイラ監督の最新作「クリストファー・コロンブス――謎」がコンペ外招待作品として上映されました。“コロンブスの謎”とは、2006年に歴史学者マノエル・ルシアノ氏らが唱えた新大陸を発見したコロンブスが実はポルトガル人だった、という説のこと。映画はルシアノ氏と彼の妻の50年に渡るアメリカとポルトガルの史跡を巡る旅を追いながら、大航海時代から現在までポルトガルが失ったものを、独特の郷愁(サウダーデ)に包んで描いています。現在のルシアノ夫妻の役をオリヴェイラ夫妻が演じているのも話題で、99歳を目前にしてのパワーに圧倒させられました。主会場パラッツォ・デル・チネマのサラ・グランデに、主演のリカルド・トレパらと現れた現役最高齢の映画監督夫妻に、会場の観客が総立ちで温かな拍手を送っていました。

 オリヴェイラ監督の幸運は、旺盛な創作欲と健やかな長寿だけでなく、こうして彼の映画が多くの観客に見られ、評価され、賞賛される機会があることだと思います。私を含めた日本のプレスが、日本映画を映画祭のイベント情報だけで報じていないかを反省し、スターの誰と誰がくっついた、別れただけではなく、日本映画の現状や、映画作家が今、何を考え、何を描こうとしているのかにもっと注目し、もっと読者に伝えていくことが、日本映画を殺さないこと、日本映画を育てていくことになるのだと思うのです。


 写真は観客の拍手に応えるオリヴェイラ監督。グリーンのドレスがオリヴェイラ夫人、一人おいて左がオリヴェイラ監督。その左で拍手をしているのがディレクターのマルコ・ミュラーです。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。