ベネチア国際映画祭報告2008

1.マルコ・ミュラー氏に聞く

2008/8/29

映画祭ディレクター マルコ・ミュラー

今年の映画宮殿の飾り。スクリーンから飛び出すライオン。

北野武さんの記事が掲載された映画祭の日刊紙「チャック」

 第65回ヴェネチア国際映画祭が、8月27日夜、マノエル・デ・オリヴェイラの短編「見えるものから見えないものへ」と、コーエン兄弟の「バーン・アフター・リーディング(読了後、焼却)」の上映で開幕。主演のブラット・ピットやジョージ・クルーニーが登場し、詰めかけた映画ファンの熱狂的な歓迎を受けました。

 昨年の閉幕時は、今年のディレクターが誰になるのかが話題で、シネマ・ガーデンの掲示板にも一般の映画ファンによる新ディレクターの人気投票が掲げられていたりしましたが、蓋を開けてみれば、マルコ・ミュラーの再任という、最も真っ当な人選に落ち着きました。ヴェネチアでは、ここ十年あまり、2、3年でディレクターの首がすげ替えられ、任期を全うした人が一人もいないのですから、2期目続けて重職を務めるミュラー氏がいかに信任を受けているかがわかります。開幕前日の26日、例年に増して多忙なマルコ・ミュラー氏に時間をとってもらい、今年の抱負を聞きました。

 ミュラー「今年の映画祭は、“私達にとって世界の映画とは何か”がテーマで、ピュアな映画的クオリティと、現代という時代の哲学的な説話を備えた映画を選択するようにしました。それがコンペに3本もの日本人監督作品が入った理由の一つです。“コンペ作品はワールド・プレミアに限る”という規約を曲げてまでミヤザキ先生の「崖の上のポニョ」を上映する栄誉を得たのは、彼の仕事が世界的にいかに重要であるかを示したかったから。押井さんの「スカイ・クロラ」は、彼が単に“もう一人のアニメの巨匠”というだけでなく、私が個人的に彼のピーターパン・スピリットに共感したから。そして、もちろん北野武の「アキレスと亀」。タケシさんは、今年は偉大なるアーティスト、アクター、そして「ギララの逆襲」のタケ魔人役でのコメディアンの一面です。今年の監督ばんざい賞を受賞者のアッバス・キアロスタミに渡すプレゼンターでもある。つまりは、彼が世界の映画界の中心人物である証明です」

 今年は、ついに新しい映画宮殿の建設が始まる年でもあり、ミュラー氏がディレクターに再任されたのは、このヴェネチアの長年の悲願をついに実行に移した功労を評価されてのこととも言われている。

 「新しいパラッツォ・デル・チネマ(映画宮殿)は、“映画のハイテク寺院”という一面を備えたものになります。ヴェネチアが天文台のように、世界の映画界を観測し、新しい技術を使った自由な表現形態が可能かどうかを観測するのです。そして、もちろんシネマ・コンプレックスとしての面。新しいパラッツォの完成で、ヴェネチアはようやくベルリンやカンヌのように、コンペティション部門を上映する大きなスクリーンを備えた大ホールと、その他の部門専用のホールを備えることになります。これだけの施設ができたら、活用しなければ意味がありません。それで毎月セミナーや特集上映などの大きなイベントを企画し、映画祭を通年にすることを考えています」

 例年、フェリーニ作品の美術で有名なダンテ・フェレッティが担当している現パラッツォ・デル・チネマの飾りつけ。昨年は、フェリーニの「オーケストラ・リハーサル」にオマージュをささげつつ、新しい映画宮殿の建設を暗示するように、大きな球が壁を壊しているところだったが、今年は、白い布に包まれた大中小3匹のライオン。その意味を尋ねると

 「あれは包まれているのではなく、3匹のライオンが大きなスクリーンから飛び出そうとしているところなんです。ライオンが何を見ているかわかりますか? 新しいパラッツォの方向を見ているんですよ」

筆者紹介

齋藤敦子さん  映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。  最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。