カンヌ国際映画祭報告2007

1.映画界のグローバリゼーション

2007/5/17

 5月16日から、60回目となるカンヌ国際映画祭が始まりました。今年のオープニング作品は、昨年審査委員長を務めたウォン・カーウァイの「マイ・ブルーベリー・ナイツ」。恋人に振られて旅に出た若い娘と、彼女の帰りを心待ちにするニューヨークのカフェの店主の交流に、娘が行く先々で出会う人々のドラマを織り込んだ作品。歌手のノラ・ジョーンズが映画初出演したことももちろんですが、なんといっても、ウォン・カーウァイにとっての初めての英語映画であることが大きな話題になっています。

 実は、今年のカンヌには、もう1本、中国人監督が自国以外で撮った映画が出品されています。ある視点部門のオープニングに選ばれた侯孝賢の「赤い風船の旅」で、フランスでフランス語を使って撮られた作品で、主演はジュリエット・ビノシュ。侯孝賢には日本で日本語を使って撮った「珈琲時光」という作品がありますが、これは同じアジア圏の、しかも隣国の話。今度は文化圏のまったく違う、パリを舞台にした作品ということで、これも話題になっています。

 とはいえ、監督の出自と映画の本質には微妙な関係がある、と私は思っています。「マイ・ブルーベリー・ナイツ」は、ノラ・ジョーンズのみずみずしい存在感が生かされた、可愛らしい作品に仕上がっていましたが、それでも、かつてのウォン・カーウァイのファンとしては、「欲望の翼」や「花様年華」に漂っていた、彼にしか描けない、あの香港のねっとりとして濃密で、退廃的な空気が、きれいさっぱり消えてしまったことを残念に思いました。

 台湾にはアン・リーという立派な先例がありますし、日本にも「呪怨」の清水崇や「ザ・リング2」の中田秀夫のように、ハリウッドに進出し、成功を収めた監督たちがいます。これもグローバリゼーションのひとつと言えるかもしれません。ただ、監督が自分のルーツから離れたとき、彼の作品からそれまでの良さが消えてしまう危険もあるのだ、と思うのです。

 写真上は、今年のポスターの絵柄をつかった主会場パレ・ド・フェスティバルのオープニングの朝の模様。反対側の歩道には、なんと前日の昼過ぎから徹夜で席とりして開幕を待つ人が十数人もいました。

 写真下は「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の記者会見時のもので、左からウォン・カーウァイ監督、主演のノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウです。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。