カンヌ国際映画祭報告2007

4.怪物現る

2007/5/21

 映画祭の最初の週末の19日と20日に、ダウンタウンの松本人志の初監督作品「大日本人」が監督週間で上映されました。ほとんど無名(欧米では)の新人監督の作品が土曜の夜10時という最も観客の集まる時間にセットされたということは、それだけ期待が大きいということ。聞くところでは、監督週間のディレクター、オリヴィエ・ペールが作品に惚れこんでの抜擢だったようです。とはいえ、上映後の観客の反応は、残念ながら期待通りにはいきませんでした。

 「大日本人」の主人公は、電気を浴びて巨大化するという特殊な体質を受け継ぎ、代々怪獣の侵略から日本を守ってきた大佐藤家の6代目。人助けでやっているのに世間からは白い目で見られ、怪獣退治のテレビ中継も視聴率低下で深夜に追いやられている、というアイデアは抜群に面白く、ところどころで笑いも起こるのですが、楽屋落ち的なギャグがこちらの観客にはわかりにくいのと、ストーリーに進展がないので、途中で出て行く人もちらほら。ちょっと寂しいエンディングになりました。

 監督週間で思い出すのは、96年に北野武監督の「キッズ・リターン」が上映されたとき。あのときは映画が終わると、満場の観客から拍手が湧き起こり、舞台に呼び出されて鳴り止まない拍手を受けるうちに、北野監督の目に光るものが見え、とても感動的だったのを憶えています。ただ、北野監督の場合も、カンヌにいきなり拍手を受けたわけではないのです。93年に「ソナチネ」をある視点に出品し、初めてカンヌに登場したときは、初めてたけし製ヴァイオレンスに触れた観客の9割以上が拒絶反応を起こして帰ってしまうという“大不評”の洗礼を受けたのです。しかし、その時に生まれた熱狂的なたけしファンが、今の“世界の北野武”の元になっているのは確か。松本人志監督も、これに懲りずに、今年新たに生まれたオリヴィエ・ペールのようなファンの期待に応えるような、さらなる怪作を撮って、再びカンヌに帰ってきて、ぜひとも“世界のヒトシ”になって欲しい、と心から思います。

 別の意味での“怪物”を見ました。ある視点部門で上映されたバルベ・シュローデル監督の「テロルの弁護士」というドキュメンタリーの主人公、フランスで最も有名な法廷弁護士ジャック・ヴェルジェスです(シュローデル監督は「運命の逆転」や「完全犯罪クラブ」など、ハリウッド映画を監督する際はバーベット・シュローダーと英語読みにされています)。

 私がジャック・ヴェルジェスの名を知ったは、“リヨンの処刑人”と呼ばれたナチの親衛隊長クラウス・バルビーの裁判で彼の弁護を担当したときです。バルビーは、ユダヤ人の逮捕を積極的に行い、特にレジスタンスの英雄ジャン・ムーランを逮捕、拷問によって死亡させた、フランス人にとって悪魔に等しい犯罪者。そんな悪党を、どんな理由で弁護するのだろう?それが彼に興味を持った最初でした。

 「テロルの弁護士」を見ると、彼はバルビーだけでなく、アルジェリア独立運動の闘士や、パレスチナ解放戦線のテロリスト、西ドイツ赤軍派ら、“社会の敵”の弁護を行っており、ヴェルジェスの経歴はまさに反体制運動の歴史でもありました。美食と葉巻を愛する優雅なヴェルジェスの外見の裏に、どんな悪魔が潜んでいるのか。そこが、ウガンダのアミン大統領のドキュメンタリーを撮り、限りなく黒に近い妻殺しのクラウス・フォン・ビューローを主人公にした「運命の逆転」を撮ったシュローデルの興味を引いたのでしょう。天使より悪魔の人生の方がずっと面白い映画になることは確かですから。

 写真は、監督週間の会場、ノガ・ヒルトンの大ホールで上映前に挨拶する松本人志監督。横にいるのは、黒沢明から宮崎駿まで(もちろん「大日本人」も)、日本映画のフランス語字幕を担当してきた日本通の通訳 カトリーヌ・カドゥ女史。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。