カンヌ国際映画祭報告2007

7.死と癒しの物語 「殯の森」

2007/5/27
 映画祭も明日の授賞式を待つばかりの26日に、コンペティション部門の最後を飾って河瀬直美監督の「殯の森(もがりのもり)」と、エミール・クストリッツァ監督の「約束して」が上映されました。写真(上)は「殯の森」の1シーン。写真(下)は「殯の森」の正式上映後に行われた記者会見の模様で、左から尾野真千子、河瀬監督、うだしげき、渡辺真起子の各氏です。

 「殯の森」は、子供を事故で亡くし、夫とも離婚して介護士になった真千子が、奈良の山間にあるグループホームで、妻を亡くした認知症の老人しげきに出会い、しげきの妻の墓参りに行く途中で道に迷い、森の中を彷徨するうちに闇と雨の洗礼を受け…、という死と癒しの物語。フランスとの合作で、日仏の間に合作協定がないなど、製作は様々な困難の連続だったようですが、日仏のスタッフが「いい映画のために」を合言葉に作り上げたのだそうです。

 河瀬監督は自作に絶対の自信を持っていて、「60回目のカンヌに唯一日本映画としてノミネートされ、カンヌの歴史に足跡を残したと胸を張って言いたい」と誇らしげでした。

 この日、思いがけないサプライズ作品が緊急上映されました。昨年11月、英国で暗殺されたロシアの元諜報機関中佐、アレクサンドル・リトビネンコをめぐるドキュメンタリー「謀反―リトビネンコ事件」です。

 監督のアンドレイ・ネクラソフはタルコフスキーの「サクリファイス」でアシスタントを務めたこともある映画監督で、映画は、ネクラソフが以前から撮りためてきたチェチェン関連の映像を始め、自分が死んだら公開して欲しいと遺言したリトビネンコ自身へのインタビュー、FSB(ロシア連邦保安庁=元KGB)の仲間や上司の証言、ニュース映像などから成り、チェチェン紛争はロシアの自作自演であったこと、今ではKGB出身のプーチンがFSBを握り、密かに反対派を消していること、内部告発したエージェントは濡れ衣を着せられ、買収した裁判官によって有罪にされること、チェチェンでは軍の上層部が兵器をチェチェン側に売り渡し、責任を部下になすりつけて拷問する、などなど、「スターリンの粛清よりひどい粛清」(元FSBエージェントの言)の実際を暴いていきます。

 リトビネンコの暗殺は誰が行ったのか、今も様々な情報が乱れ飛んでいますが、リトビネンコ氏の真摯な証言を聞きさえすれば、直接の実行犯が誰かはわからなくても、暗殺を命じたのが誰かについて、疑いを挟むことはなくなるでしょう。身も凍るように恐ろしい、けれども必見のドキュメンタリーです。

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。