カンヌ国際映画祭報告2007

8完.ルーマニア映画にパルム・ドール

2007/5/28
パルム・ドールを受賞した「4か月3週間と2日」の1シーン

 最後に驚きが待っていました。夜の授賞式を数時間後に控え、日本人のプレス仲間と食事をしていた27日の昼下がり、「殯の森」が何かの賞を獲ったらしいというニュースが飛び込んできて、打ち上げのリラックスした気分がたちまち吹き飛んでしまいました。

 地元紙によれば、授賞式の直前までジュリアン・シュナーベルの「潜水服は蝶の夢を見る」がパルムだという噂が飛び交っていたのだそうです。日本でも授賞式の模様が同時中継されたので、ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、監督賞のコールで舞台にあがるシュナーベルが心持ち不満そうに見えたのは、もしかしたら、そのせいかもしれません。

受賞後の会見で、金の棕櫚をかたどった
トロフィーを手にしたルーマニアのムンジウ監督(左)と
撮影監督のオレグ・ムトゥ氏

 プレスで評価が高かったのは、ムンジウ、アキン、シュナーベル、コーエン兄弟ら。しかし、ルーマニア映画がパルムを獲るとまで予想できた人は、ほとんどいなかったでしょう。賞の決定に関しては審査員の間で相当意見が割れたらしく、審査員長のスティーヴン・フリアーズ監督は、「(審査員の間で)いろいろアクションはあったが、壁に血が飛び散るほどではなかった」と冗談めかして語っていました。

審査員のサインの入ったグランプリの
賞状を手にした河瀬直美監督
女優賞のチョン・ドヨンさん

 「殯の森」は最終日に上映されたために、下馬評にもまったく上がらず、正直言って批評家の間でも評価が賛否両論に分かれていたので、まさかこんな大きな賞に入るとは思ってもいませんでした。10年前にカメラ・ドールを手にしている河瀬監督は、83年の「楢山節考」と97年の「うなぎ」で2度パルム・ドールを受賞した今村昌平監督に次ぐ強運の持ち主、といえるかもしれません。ちなみに、日本映画のグランプリ受賞は、この賞が審査員大賞から名前を変えて新設された90年に初受賞した小栗康平監督の「死の棘」以来になります。

 パルム・ドールのクリスティアン・ムンジウ監督はルーマニア人。実はカンヌでは、2年前にクリスティ・プイウ監督の「ダンテ・ラザレスクの死」がある視点賞を、昨年はコルネリウ・ポルンボイウ監督の「ブカレストの東、12時08分」がカメラ・ドールを受賞するなど、ここ数年ルーマニア映画の“ヌーヴェル・ヴァーグ”が、ちょっとした話題になっていました。それは、チャウシェスク独裁政権下で批判精神を芽生えさせ、政権崩壊後の混乱で映画界が壊滅状態となり、“アメリカ映画か、アラン・ドロンの出ているフランス映画しか見られない”時代に思春期を過ごしたムンジウ監督ら若い世代が、自分達が見られなかった自国のいい映画を自分達の手で作ろう、といって努力してきた成果でもあったのです。

 “小さな国から来た小さな映画人”(スティーヴン・フリアーズ監督)、ムンジウ監督の大きな受賞をお祝いすると共に、ルーマニアのヌーヴェル・ヴァーグ映画を日本で公開出来る日が来ることを、心から祈りたいと思います。


【受賞結果】
パルム・ドール:「4か月3週間と2日」クリスティアン・ムンジウ監督
グランプリ:「殯の森」河瀬直美監督
60回記念賞:ガス・ヴァン・サント監督「パラノイド・パーク」
脚本賞:ファティ・アキン監督、「反対側から」
監督賞:ジュリアン・シュナーベル監督、「潜水服は蝶の夢を見る」
男優賞:コンスタンチン・ラヴロネンコ、「消滅」アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督
女優賞:チョン・ドヨン、「シークレット・サンシャイン」イ・チャンドン監督
審査員賞:「ペルセポリス」マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー監督、「静かな光」カルロス・レイガダス監督

筆者紹介

齋藤敦子さん 映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)などの翻訳書も。