カンヌ国際映画祭報告2008

3.テーマは「家族」

2008/5/19

 最初の週末を迎えたところで、今年のコンペティション部門のテーマが見えてきました。それは家族。トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランの「3匹の猿」は、轢き逃げ事故を起こした政治家の身代わりになって、1年間刑務所に入ることを承諾した父親、彼が出所するときにもらえるはずの金を前借しに行って、政治家と関係してしまう母親、大学受験に失敗し、やる気のない反抗的な息子の3人がお互いに嘘をつきあって生活している、崩壊した家族を描いています。

 アルゼンチンのパブロ・トラペロの「レオネラ」は殺人事件の犯人として逮捕された孤独な女子大生が、妊娠がわかって、妊娠中や乳幼児を抱えた女性受刑者を収容する施設に収監され、その中で子供を育てるうちに、母子という最小限の家族を再生させていく物語。フランスのアルノー・デプレシャンの「あるクリスマスの話」は、長男の死が遠因となってわだかまりを抱いて生きてきた姉弟たちが、母親(カトリーヌ・ドヌーヴ)の病気がきっかけとなって、あるクリスマスに再会する物語です。

 さらにはブラジルのウォルター・サレス&ダニエラ・トーマスの「境界線」は、サンパウロの貧しい地区に住む父親の違う4人兄弟が、ある者はサッカーで、ある者は信仰によって、なんとかして今の境遇から抜け出そうともがく姿を描いた作品でした。

 土曜日の夜に、ある視点で上映された黒沢清監督の「トウキョウソナタ」も奇しくもテーマは家族でした。突然会社からリストラされたことを家族に告げられない父親(香川照之)、夫の異変に薄々気づきながら、何もできない母親(小泉今日子)、大学をドロップアウトして米軍に志願する長男、学校で教師と折り合いが悪く、ピアノのレッスンに通い始める次男。小さな嘘から家族の亀裂が深まっていく様を独特の視点から切り取っていく黒沢演出に、場内の観客も敏感に反応。必死なあまり、どことなく滑稽な父親を演じた香川照之の絶妙な演技にあちこちで笑いが起こって、上映終了後は大きな拍手に包まれました。

 写真上は、「あるクリスマスの話」の記者会見でのカトリーヌ・ドヌーヴと監督のアルノー・デプレシャン、写真下は、「トウキョウソナタ」の正式上映後、観客から大きな拍手を贈られて抱き合って喜ぶ香川照之さん、小泉今日子さん(背中、グレーのドレス)と息子役の二人です。

筆者紹介

齋藤敦子さん  映画評論家。パリで映画編集を学んだ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなる。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。  最新作は「麦の穂をゆらす風」。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「奇跡の海」(幻冬舎文庫)「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書も。