ナント3大陸映画祭報告2007

2.アンナ・カレーニナのように 「チェガ」

2007/11/26

コンペ作品を観賞後、市民賞を投票する観客たち

 23日はカザフスタンとアルゼンチンのコンペ2作品と大島渚特集の1本を見た。日中の最高気温は8度。曇りだが、映画の合間に街中を見物して回っていると、寒さは感じない。

 ダレジャン・オルミバフ監督の「チェガ」は、トルストイの「アンナ・カレーニナ」に翻弄(ほんろう)されるかのように、自らを死に追いやる女性を描いた作品。日本からは「遠い」国の今を知る意味でも、いろいろ教えられる作品だった。

 カザフスタンの新しい首都アスタナに住むチュガ(30)は、裕福な夫と子どもに恵まれて何不自由ない生活を送っていたが、若い男と恋に落ちる。夫と子どもを捨てたにもかかわらず、彼は中流家庭の自堕落な男でしかなかった。「アンナ・カレーニナ」を読んで夢見た「自由に貫く愛」を果たせなかったチュガに残された道は死しかなかった。

 「アンナ・カレーニナ」同様、激しい愛とその対極の穏やかな愛も描かれる。カザフスタンの社会的状況が日本に紹介されているとはいえない中で、かつての宗主国の首都ペテルスブルクにも劣らない高層建築の建ち並んだ町並み、チュガたちの豊かな生活ぶり、映画ではあっても今の現状を写していないはずはない。だとすると、旧ソ連ブルジョワとカザフスタン新興ブルジョワとのせめぎ合い、カザフスタン内部での格差問題なども、オルミバフ監督が本筋とは別に伝えたかったものではないだろうか。

 16年前初めてナントを訪れ、ソ連崩壊直後のカザフスタンやウズベキスタンが映画をつくっていることに驚かされた。現状の苦しさや虚しさ、そこから脱落していく人たちを、ある熱気と実験的な手法で描いた作品ばかりだった、と記憶している。今や豊かさを目指して上昇志向だけとなっている社会(かつての日本、いやそれ以上に今の日本も)では、人間性(その一番突出したものとしての恋愛)が抑圧されるのは歴史的事実だろう。ところで、この映画が国内で上映されるとき、チュガの家庭生活が持つ「豊かさ」は受け入れられるのだろうか−と不安に思った。

 コンペ部門のもう1本はアルゼンチンのマーチン・レジマン監督の「コパカバーナ」。毎年ブエノスアイレス郊外で開かれる「コパカバーナ(ブラジルのリゾート地)祭典」は、アルゼンチン国内のボリビア人たちが集まる格好の場となっている。パレード、衣装、踊り、そして短い夜。

 「コパカバーナ」はレジマン監督にとって初の、アルゼンチン映画の今を伝えるドキュメンタリータッチの作品。オープニングで、それぞれのグループの衣装や踊りをオムニバス風に紹介した後、1つのグループに絞った踊りの練習を通じて、そこに集う若者像をとらえている。

 例えが正当ではないが、あえて理解しやすいようにいうと、日本では「よさこいソーラン」だろうか。グループによって衣装も振りも違って、若者が真剣に取り組んでいる。「よさこい」は地域コミュニティーだけではなく、若者のグループでの取り組みもあるが、アルゼンチンでは歴史的に地域生活の重要なカギになっている点が異なるようだ。南米特有の明るい音楽だけを聞いていると、そこまでは考えが及ばないのだが…。

 大島渚特集では「日本春歌考」(1967年)を見た。荒木一郎、大島監督夫人の小山明子らが出演。政治にはそれほど関心がない若者たちの、どちらかといえば行き当たりばたりの生活振りを描いた作品。大学時代に同時代的に見た時の記憶では、若者の”ちゃらんぽらん”さが時代の空気を写していて、どこか納得した。荒木一郎の素人ぽい演技が、当時の物事を真っ正面に評価しようとしない空気に合っていたように思う。あれから40年。あらためて見ると、その時代としての新鮮味は薄れていたが、当時も今も若者には通じるメッセージ性は残っているように感じた。

 なぜ今、大島渚特集なのか。日本のヌーベルバーグの旗手。日本映画を愛するディレクター、アラン・ジャラドゥーが、このあたりで特集を、というのも分からなくはない。でも大島監督自身が体調不良で、夫人の小山明子をはじめ関係者が誰も出席できないという特集公開は寂しく、残念というしかない。

 大学時代、彼の第1作「愛と希望の街」(59年)を見て、衝撃を受けた(確か当時のタイトルはもっと直接的だったはず。現タイトルには映画会社のご都合主義を感じてしまう)。映画をここまで言葉(思想・信条)でねじ伏せていいものなのかと、作品の持つ力を認めながらも反発した記憶がある。「青春残酷物語」(60年)では、青春時代の若者が持つ酷薄さが、何のオブラートもないまま提示されて、自分が丸裸になったように感じて反発した。

 その彼は「日本の夜と霧」(60年)を機に会社を追われるが、社会性のある作品を撮り続けた。1970年代半ばから、テレビに出演するようになって、作品の生硬さとは違う洒脱(しゃだつ)な面を見るにつけ、映画にも柔軟さが出てきたと思っていた。まだまだ作品をつくって欲しい人だけに、早く元気になってもらいたい。

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日本がテーマで、大島監督の作品映像が流されているほか浮世絵、浴衣などが展示されている「コスモポリス広場」

 4年前の映画祭で通訳のボランティアをしていて知り合った、ナント在住のジルダ・陽子さん夫妻と2年ぶりに再会した。

 再会の場は、映画製作制者たちと食事を取りながら交流できる「コスモポリス広場」。以前からあるのだが、今年はスペースを広げ、地元ラジオ放送の生ステージも併設された。

 今年の広場のテーマは「日本」。大島渚監督の代表作の大判ポスターには桜の模様があしらわれ、壁には浮世絵や浴衣、床には畳を模した敷物と、凝っている。話が盛り上がるためか、若者には、いすではなく畳風の席が人気で、常に込み合っていた。市内でも、以前より日本もの(線香、仏像、扇子など)を扱う店が増えていた。ただ展示は、中国や他のアジア諸国との混同で、日本人としてはちょっと気恥ずかしい。今回は泊まれなかったが、これまで常宿にしてきた「ポメリーホテル」では、部屋にお香を炊きこめているという。また、本格的な回転寿司もオープンしてにぎわっているそうだ。値段は日本では考えられないくらい高いとのことなので、味わう機会はなさそうだ。

筆者紹介

桂 直之(かつら なおゆき) 北大卒。1972年、河北新報社入社。学芸部で映画評担当。山形総局長、編集局次長を経て2007年4月から三陸河北新報社常務。三大陸映画祭には1989年以来、13回訪問。NPO法人「シニアのための市民ネットワーク仙台」の会報にコラム「なんでもシネマ」を連載中。地域FMラジオ石巻で月2回「シネマ・パラダイス」を担当している。