河北抄

 「一戸さん、残念だが逝かれたよ」。仙台市内で吉野作造を研究する永沢汪恭(ひろやす)さん(77)から知らされたのは先月。東北の近現代史を探求した一戸富士雄さん(88)の思わぬ訃報だった。
 2人が中心になって創刊した研究誌『吉野作造通信』に昨年末、90年前の第1回普通選挙と吉野を巡る論文を一戸さんが書いた。「あれが絶筆。『がんで余命1年だろう』と昨年早く、本人が研究者仲間に明かしていた」と永沢さん。
 一戸さんは青森県の農村生まれ。自ら体験した東北の凶作と戦争の歴史発掘を人生の仕事にした。「みやぎの近現代史を考える会」会長も務め、市歴史民俗資料館で講演を聴いた人は多い。
 永沢さんは半世紀前、宮城学院中高で社会科教師の同僚として出会った。大崎市出身の民本主義者、人道主義者である「吉野の実像を広く知らせたい」という思いで同志の間柄になったという。
 「俺は『しのぶ会』なんて嫌いだ」と一戸さんは語り、永沢さんは昨秋、仲間と「囲む会」を開いた。「県内外から教え子も集った。仕事を受け継がねば」


2019年03月26日火曜日


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