河北抄

 「宮城県内でも3年ほど前から参加者が減ってきました」−。仙台市青葉区の防災士佐藤美嶺さん(37)から気になる話を聞いた。
 東日本大震災の直前に長女を出産した佐藤さんは、新生児を抱えて余震におびえる毎日を過ごした。土木技師だった独身時代は、災害現場を支援する側にいたが、出産後は身一つでは行動できない。災害弱者の視点から防災・減災を考えるようになり、2012年に防災士の資格を取った。
 育児サークルや児童館へ出向き、食料の備蓄法や非常食の作り方、家具の固定の仕方などを伝えると、真剣に耳を傾ける母親が多かった。だが、最近は「難しそう」と敬遠されることもあるという。
 乾パンでお菓子の家を作って食べる「乾パンデビュー」、避難行動を体で覚える防災ゲーム「だるまさんが地震」などを考案、参加のハードルを下げている。
 宮城県沖地震からあすで丸41年。時間の経過とともに家族構成や住環境は変わる。今、自分に必要な備えは何か。改めて考える機会にしたい。


2019年06月11日火曜日


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