河北抄

 <越後屋に衣(きぬ)さく音や更衣(ころもがへ)>。芭蕉の弟子だった其角の俳句。衣替えの初夏、布地を買う人々でにぎわう江戸一番の呉服店、その活気ある店先を詠んだ。
 現金掛け値なし、つまり現金のみの正札販売で大繁盛したが、もう一つ、今で言う広告が大変うまかったことでも知られる。雨が降ると、店の名が入った傘を無料で貸し出した。
 <ゑちごやを又がしにするにはか雨>は『誹風柳多留』所収の古川柳。「ゑちごや」はもちろん越後屋で、ここでは越後屋の傘。にわか雨が来たので、借りていた傘をまた貸ししたという句。
 雨の日、往来は越後屋のロゴ入りの傘の花が咲き、人々が行き交った。ただで傘を借りた客が、ただで店の宣伝をしてくれる。現在の三越へと続く越後屋には知恵者がいたようだ。
 <あいつらが貸すで売れぬとからかさ屋>。傘を商売にしている側からは、呉服屋の貸し傘はにっくき敵。傘が売れなくなったと恨み節も、つい。傘を巡ってなにやら物語が生まれそうな江戸の町を梅雨空を見上げながら想像してみた。


2019年06月19日水曜日


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