河北抄

 仙台市の台原から安養寺、東仙台へと続く土壌は、昔から良質の粘土が採れた。奈良時代、国府が置かれた多賀城政庁の瓦はこの土で作られたという。
 東北を代表する陶器「堤焼」が、江戸初期から堤町で作られたのも、隣接する台原の土を採取することができたからだ。以後300年以上、素朴な味わいを持つ堤焼の伝統を積み重ねてきた。
 現在、仙台市歴史民俗資料館で開催中の特別展「堤焼と堤人形」(来年4月12日まで)で、青葉区の与兵衛沼窯跡から出土した須恵器(9世紀)が展示された。それは堤焼と同じ土で作られている。
 「堤焼は江戸時代に突如、登場したように見えるが、実は古代から続く流れの中にあることを示したかった」と学芸室長の畑井洋樹さんは話す。
 堤町から泉区の上谷刈に移転した堤焼唯一の窯元「乾馬窯」では、現在も台原から運んだ土を使う。「受け継ぐだけでなく、新たな挑戦をしていかなければ、伝統をつなぐことはできない」と五代目針生乾馬さん。伝統の上に独自性を見いだそうと、今も模索を続ける。


2019年12月02日月曜日


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