河北春秋

 50代半ば以上の人なら誰でも記憶の片隅にあるだろう。どこの小学校も毎年、6年生を対象に「健康優良児」を表彰していた。立派な体、秀でた運動能力、優れた学業…。その児童は総合点で飛び抜けていなければならなかった▼国や都道府県教育委員会などが1930年より一時中断しながらも78年まで主催した。行動生態学に詳しい長谷川真理子さん(総合研究大学院大学学長)は「優生思想の一端であり、人間の優良さを競う『品評会』だった」(自著『科学の目 科学のこころ』)と指摘している▼547。旧優生保護法による強制不妊・避妊手術が、宮城で法施行の翌49年から62年まで行われた件数の記録という。台帳(63〜86年度)で公表された859人を含め、誉れの健康優良児の陰でひっそり涙を流した人たちがいた▼国などによると、本人同意がなく強制手術されたのは全国で1万6475人に上る。「好ましい」とか「好ましくない」とか社会に選別されて、閉ざされた命があったと思うと胸が締め付けられる。希望とか可能性とかの否定ではないか▼2539。本紙1面の右下の表に、東日本大震災でまだ見つからない人の数が載っている。行方知れずで浮かばれない魂である。「3.11」が近づき、命の重みをかみしめている。(2018.3.9)


2018年03月09日金曜日


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