河北春秋

 戊辰戦争の契機となった1867年12月25日の江戸薩摩藩邸焼き討ち事件。騒乱を繰り返し、幕府を挑発する薩摩藩の藩邸に市中取り締まりの庄内藩兵が火を付けた。会津藩砲兵隊の渋谷源蔵(1839〜1909年)は年明け元日、賀正に登城した若松城で事を知った▼「城中歓喜がやみませんでした」。40年ほど後の1906年、68歳の時に著した書物『雪冤(せつえん)一弁』や自伝で、渋谷はそう振り返る。戊辰戦争体験者の記録はリアルだ。ペリー来航、禁門の変、開城…。歴史の節目で揺れる心のひだも知ることができる▼渋谷が書き残した理由について、福島県立博物館の主任学芸員阿部綾子さんは「戊辰戦争の理非を正したかったのです」と言う。明治政府にこび、真実を伝えない書物の多さに渋谷は黙っていられなかったようだ▼歴史は多くの見方がある。各藩の事情が絡む戊辰戦争もそうだ。会津はなぜ朝敵になり、いわれなき戦いに巻き込まれたのか−。無名に近い一藩士が抱え続けた疑問だった▼そんな渋谷がキャラクター「源ちゃん」となって案内する企画展「戊辰戦争150年」が9月1日、県立博物館で始まる。展示物に関する渋谷の著書の記述を現代語にして会場の随所で解説する。源ちゃんを追えば、当時を追体験できるはずだ。(2018.8.27) 
 


2018年08月27日月曜日


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