河北春秋

 目に浮かぶのは、黒板を背に白衣で「グラッチェ」「セニョール」などのスペイン語を連発し、お色気混じりの怪しげな医学知識を披露する姿である。漫談家で個性派俳優としても活躍したケーシー高峰さんが85歳で亡くなった▼山形県最上町出身。母シヅエさんの実家は代々続く医者の家系で、シヅエさんも当時無医村だった東小国村(現最上町)で開業し、名誉町民にもなった。本人は日大医学部に進んだものの、「自分には向いていない」と芸術学部に転部し芸人を目指した▼シヅエさんの落胆は大きく、実家は出入り禁止になった。白衣を着て、子どもの頃から聞き慣れた医学用語を使った漫談を発案したのは親を喜ばせたかったからという。他に例を見ない「医事漫談」が生まれ、高座やお茶の間を爆笑の渦に包んだ▼外科医のおいの誘いで1987年、いわき市に自宅を構えた。東日本大震災の際は自宅にとどまり、近所の避難所で炊き出しをして、得意のジョークで被災者をなごませた▼半生を振り返ってもらう本紙の連載「談(かたる)」に登場してもらったことがある。取材の合間には、下ネタも披露した。どんな内容だったのか、担当した女性記者は「私の口からは言えません」。何とかして人を喜ばせたいというサービス精神の旺盛な人だった。(2019.4.11)


2019年04月11日木曜日


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