河北春秋

 評論家の大宅壮一が「猛婦」と評した女性がいる。明治以降、男女共同参画社会の礎を築いた熊本県の女性たちである。代表例が益城町の矢嶋家4姉妹。「四賢婦人」と呼ばれる▼熊本の女子教育の先駆者竹崎順子、徳富蘇峰・蘆花を育てた母の徳富久子、儒学者の横井小楠を妻として支えた横井つせ子、婦人解放運動に尽力した矢嶋楫(かじ)子。4月に再開館した同町の四賢婦人記念館で功績を紹介する▼3年を迎えた熊本地震では現代の熊本の女性も強い精神力で奮闘した。熊本市役所の女性職員の被災体験をまとめた『50の証言』で一端を知ることができる。上水道の復旧業務に携わった職員は、娘を親戚に預ける時に泣きながら言われた言葉が忘れられない。「ママ、死なんでよ」▼動物園の獣医師は、不眠で目を充血させたゾウ、不安げな表情を浮かべるチンパンジーに胸を痛めた。それぞれが子育てや介護などの悩みを抱えながら使命感を持って働いた。今も心の傷が癒えない職員は多い▼当時の文化スポーツ交流部長はこう記す。「被災経験のある政令指定都市として神戸市、仙台市とも力を合わせたい。どんなことがあっても立ち向かう力が私たちにあると信じる」。全く同感である。また災害が起きても、協力し合えばきっと乗り越えられる。(2019.4.16) 

 


2019年04月16日火曜日


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