河北春秋

 猫、男心、賭博…。先日、82歳で逝った作家の安部譲二さんは味わい深いエッセーを残した。時には鋭さもあった。例えば2013年8月のブログ。題名は「偉い人は責任を取らない」だった▼安倍晋三首相らは戦争を知らず、勇ましいことを言うと指摘。「出身大学では現代史は教えないらしい」と皮肉った。大量破壊兵器保有の誤情報でイラク戦争を起こした米国も批判し、こう語る。「責任を取るべき偉い人が知らぬふりをするからまた戦争が起きる」▼裁判で問われたのは偉い人の責任だった。東京電力福島第1原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣3人に対し、東京地裁が無罪判決を言い渡した▼民事裁判では東電の過失を認めたが、個人の刑事責任は問えないという判断が下された。津波の試算の根拠とされた国の地震予測の信頼性で判断が分かれた。では、誰の責任もないのか? 被災者からそんな疑問の声が上がるのも当然だろう▼安部さんは「原発事故の責任の所在を曖昧にし、なかったことにする。だから同じことが繰り返される」と語った。その言葉通り何事もなかったように原発の再稼働が進む。災害はいつ起きるか分からない。機械は故障が付きものだ。なのに、安全神話がまたつくられようとしている。(2019.9.20) 


2019年09月20日金曜日


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