河北春秋

 気が付けば12月も中旬。去年の今頃がまるで昨日のことのように思い出される。やり残したあれこれを数えては、馬齢を重ねるという言葉をかみしめる。そんな中、小さな宿題が一つ、解決した▼「錦江院殿薩綱尽忠忠剣居士」。大崎市の鳴子温泉地区に立つ墓石に刻まれた法名である。「錦江」「薩」の文字から、戊辰戦争の頃の薩摩藩士だろうと見当をつけたが、墓の場所は温泉街からだいぶ離れた山の中。こんな所でいったい何があったのか▼「鳴子町史」に手掛かりを見つけた。武士の名は内山伊右衛門綱次といい、慶応4(1868)年閏(うるう)4月22日に、仙台藩士の待ち伏せに遭って命を落としたという。新政府軍が庄内藩兵に圧倒されていた出羽の戦線へ、武器弾薬を運ぶ途中だったようだ▼会津や仙台では今も悪役として語られる、新政府参謀の世良修蔵が福島で暗殺された3日後のことだった。内山は薩英戦争でも活躍した剣士で、薩摩琵琶の名手。西郷隆盛とも親しかったといわれる。そんな人物が、鳴子の山中にひっそりと眠っている▼9月にオープンした韓国式トレッキングコース「鳴子オルレ」を歩かなかったら、路傍の墓を見ることも、内山について調べることもなかった。歴史のかけらは今、雪の中。青葉の頃にまた訪ねてみたい。(2019.12.15) 


2019年12月15日日曜日


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