社説

新庄亀綾織の復活/オール山形で織物の振興を

 江戸末期の創始以来、幾度か製造が途絶え、「幻の織物」とも言われた新庄市の「新庄亀綾織(かめあやおり)」が、独自の販路開拓で安定生産への一歩を踏み出そうとしている。
 ことしは県外で初めての展示会が2〜3月と4月、京都市で開かれる。特に4月に京都経済センター「きものステーション京都」で開催される展示会は約1カ月の期間中、前半を新庄亀綾織の単独展とし、後半は「山形の織物展」と題して、県内の主な伝統織物を一堂に集めて紹介する予定だという。
 歴史的復活の糸口をつかみかけた新庄亀綾織を応援するのはもちろん、米沢紬(つむぎ)や白鷹お召しなど、独自の技法に裏付けられた県内の優れた伝統織物の振興に、県を挙げて取り組む好機ととらえてはどうだろうか。
 新庄亀綾織は江戸末期、新庄藩主が特産品として生産を奨励したのが始まり。経糸(たていと)とと緯糸(よこいと)を交差させる際、糸が斜めになるようにする「斜文織(しゃもんおり)」の技法と、生地を煮て不純物を洗い落とす「後精錬(あとせいれん)」と呼ばれる工程で、品のある光沢としなやかな手触りを生み出すのが特長とされる。
 戊辰戦争で城下が焼失した後、衰退と再興を繰り返しながら昭和初期に途絶えたが、1985年、市内の主婦らが集まり、「新庄亀綾織伝承協会」を設立して、継承活動に取り組んできた。
 しかし、伝承協会のメンバーがどれだけ織りの技術を磨いても、地元での販売しやすさを考えると、名刺入れなどの小物類を中心に据えざるを得ず、本格的な反物作りにはなかなか挑戦できなかった。
 転機となったのは、新庄亀綾織が持つ本来の魅力を外部の視点で評価し、発信する人材に恵まれたことだ。
 山形県鮭川村に10年前、愛知県から嫁いだ沓沢沙優里さん(58)。緻密な織りと独特の風合いに魅了され、数年前から伝承協会で販路拡大や広報、事務全般をボランティアで担ってきた。
 沓沢さんは「このまま埋もれさせてはもったいない」という一心で全国の関係業者にPR。悪戦苦闘の末、京都染織文化協会(京都市)を通じて西陣織の老舗「細尾」(同)との商談が実現し、反物や帯を全て買い取ってもらえるまでになった。
 伝承協会と「細尾」が一体となって目指すのは、山形の素材と山形らしい丁寧な手仕事で県外に広く販路を広げる「地産外消」だ。
 米沢織をはじめ県内の織物産業は、問屋を中心とした伝統的な流通形態の中で、ともすると「縮小再生産」に陥りがちな状況が続く。
 幸い近年は各地で織り手の若返りが進み、横のつながりも生まれているという。外部の視点で本来の価値を再評価し、理解者を獲得した新庄亀綾織の例を参考に、2019年が山形織物の再興の年となることを願いたい。


2019年01月06日日曜日


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