社説

防災・減災 大災害の時代/平成の教訓継ぐ責務がある

 亥(い)年には歴史的災害が起きるという。偶然とはいえ関東大震災(1923年)伊勢湾台風(59年)阪神・淡路大震災(95年)と並ぶと、それなりの符合が見て取れる。
 俗説に振り回されることなく警戒し、備えを再確認する機会と捉えるならば、巡り合わせの想起も意味は持つ。
 残念ながら現実は俗説の上を行く。直近、平成(1989〜2019年)の30年は亥年に限らず、毎年のように連続的に大災害が発生し、対応に明け暮れた時代だった。
 91年雲仙普賢岳噴火、93年北海道南西沖地震、04年新潟県中越地震、08年岩手・宮城内陸地震、11年東日本大震災、14年広島土砂災害と御嶽山噴火、16年熊本地震、そして18年西日本豪雨と北海道胆振東部地震。数十人、数百人、数千人、万単位の犠牲と混乱が繰り返された。
 地震や噴火活動の活動期に入ったとの指摘があり、地球温暖化に伴う異常気象が日常化したとの警告がある。
 いつでもどこでも激烈な災害に見舞われる。その認識を国全体で共有すべき時代を迎えたことは間違いない。
 南海トラフ巨大地震をはじめとして、いよいよ備えの本質が問われようとする中で、災害対応の政策や法制度への不安や不満は根強く残る。
 被災直後の応急対応を定めた災害救助法で言うと、避難生活の基本原則はいまだ戦後すぐ47年の制定当時のまま「避難所に1週間、仮設住宅に2年」の設計だ。長期避難の実態に即していない。
 現物支給の原則も維持されたままで批判が強い。劣悪な環境下の学校体育館避難やプレハブ応急仮設住まいの前提そのものを見直す必要性を専門家らが重ねて指摘しているが、実現していない。
 突然の不幸に直面した人への手当てとして現行の災害弔慰金(生計維持者500万円)、被災者生活再建支援金(最大300万円)は十分なのか。被災企業の再生を支える仕組みとして、東日本大震災後に急ごしらえしたグループ化補助金のような制度は事前に手厚く設計できないのか。
 被災者が自らの体験を基に改善を訴えてきた課題は山ほどあるが、災害が起きた後に手直しを繰り返すのみ。災害関連法制の再整備や自民党総裁選でも争点になった防災専門省庁の創設など、抜本的な議論は進まないままだ。
 何より犠牲を繰り返さないための対策が最重要のはずだが、政府が宣言する「国土強靱(きょうじん)化」はインフラ整備への偏りが目立つ。過去の災害の伝承も含め、教育や訓練や研修など備えの底上げにつながる施策は十分とは言えない。
 誰もが被災者になり得る大災害の時代をどう生き抜き、どう支え合うか。直面するテーマに向けて経験や教訓を引き継ぎ、立ち向かう知恵を絞り出す努力を重ねる必要がある。平成を生きた私たちが負う重大な責務と捉えたい。


2019年01月10日木曜日


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