社説

東日本大震災8年 岩手/回復したい議会本来の役割

 東日本大震災が起きた2011年は、統一地方選の年だった。特例法の成立により、岩手の県知事選、県議選など被災3県で計58選挙が数カ月延期になった。あれから8年。住民の代表を選ぶ年が三たび巡ってきた。
 新年度を控えた3月11日は、どの議会も予算案審議のさなかにあった。予算の成立を見なければ、自治体職員による被災者対応は立法根拠を失ってしまう。
 小学校の空き教室に椅子を並べたのは陸前高田市議会だった。崩れかけた議場で審議を続ける議会もあった。
 議員が集えば、そこが議場になる。巨大災禍に遭っても住民の代表機関が機能する限り、自治は続く。8年前に被災議会が示した気概と振る舞いは、がれきと化したまちに差す一筋の光明であった。
 その後、被災議会は一歩退いて震災対応に臨んだ。審議が復旧の妨げになってはならないとして議決権を自ら手放し、首長による専決処分が拡大していく。
 やむを得ない事態とはいえ、議決や監視といった権能の放棄には、議会が追認機関に堕してしまうのではないかとの懸念が払拭(ふっしょく)できない。
 岩手県岩泉町の町長が破廉恥な不祥事で辞職に追い込まれた際、町民世論に耳をふさいでまで復興事業の円滑な執行を優先した議会は、その典型だ。この8年で被災議会の機能は衰退していないか。検証も必要だろう。
 岩手県大槌町の旧役場庁舎解体問題では、解体を押し進める町長と震災遺構として残すよう求める住民の対立が浮き彫りになった。
 議会が住民と対話し、多様な意見を引き受けて議論を深めていれば、町内の分断を回避できたかもしれない。これこそ議会本来の役割だ。
 解体差し止めを求めた住民訴訟は盛岡地裁で却下。住民の代表機関である議会が、正当な手続きで解体を議決しているというのが理由だった。
 司法は外形的事実を判断の根拠とする。審議の妥当性や深度は自治の範ちゅうだろう。敗訴した住民が「手続きさえ正しければ、中身は問わないのか」と嘆くのは当然のことだった。
 復興後の財政運営が争点となった陸前高田市長選は、わずか5票差で現職が3選された。被災自治体の針路を巡って住民意思は今、真っ二つに割れているとみるべきだ。
 拮抗(きっこう)した民意の調整を首長一人任せにするのではなく、ここはむしろ多様な層の代表で構成する議会の出番だろう。市民の声を吸い上げて市政に反映させてほしい。
 岩手では県をはじめ幾つかの被災市町村が、8年を区切りとして復興計画に幕を下ろす。異例ずくめだった震災対応を総括し、これからのまちづくりを考える契機だ。
 地方選挙の年、住民の代表機関と呼ぶにふさわしい議会を取り戻す一票を投じたい。


2019年03月07日木曜日


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