社説

「松橋事件」再審無罪/冤罪の背景検証が不可欠だ

 無実の人から人生の貴重な時間を奪い、重大な人権侵害をもたらした。警察や検察の捜査、裁判所の審理は検証されなければなるまい。
 熊本県松橋(まつばせ)町(現宇城市)で1985年、当時59歳の男性が刺殺された「松橋事件」。裁判をやり直す再審の判決公判で熊本地裁は、殺人罪などで懲役13年が確定し服役した宮田浩喜さん(85)に無罪を言い渡した。
 検察側は上訴権を放棄し、宮田さんの無罪が確定。逮捕から34年の歳月を要して冤罪(えんざい)が晴らされた。
 判決は「犯人であることを示す証拠なし」として、確定判決が有罪の根拠とした自白の信用性を否定した。自白に頼ったずさんな捜査を戒める判決だ。
 宮田さんは高齢に加え、認知症などのため寝たきりの状態で、熊本市内の介護施設で暮らす。再審は早期の名誉回復と救済を優先し、初公判から判決まで2カ月足らずのスピード審理だった。
 地裁は再審で、検察側が申請した証拠約200点の大半を却下した。証拠不採用の理由について、判決は「速やかに判決を言い渡すことが最も適当」と述べている。
 地裁のそうした方針は一定の評価がなされよう。ただ、当時の捜査や裁判の問題点を洗い出す検証は十分できずに終結した面がある。
 熊本県警は、再審判決を真摯(しんし)に受け止めるという。そうであるならば、捜査機関は自白の強要や証拠の扱いなど冤罪を招いた背景や理由を明らかにする責務がある。
 松橋事件では有力な物証がなく、裁判所が有罪の根拠としたのは、捜査段階で宮田さんが「凶器にシャツの布片を巻き付けて殺害し、犯行後に燃やした」などと自白した調書だった。
 再審への重い扉が開いた決め手は、弁護団が再審請求を準備していた97年、熊本地検に未提出の証拠の閲覧を請求し、燃やされたはずの布きれを発見したことだった。弁護団が「検察は都合の悪い証拠を隠していた」と批判するのは当然だろう。
 裁判員裁判などでは検察に証拠リストの開示が義務付けられたが、再審請求審や再審公判では、証拠開示の規定がいまだ定まっていない。松橋事件を教訓として、証拠開示の明確なルールを設ける必要がある。
 今の再審制度では、下級審が再審開始を決定しても検察が抗告し、審理が長期化する傾向がある。無実の人を救済する再審制度の趣旨に沿い、迅速化を図るよう見直すべきだろう。
 冤罪がなくならない現状を踏まえ、冤罪を検証する第三者機関の設置も検討されていい。米国などでは再審無罪が出た場合、裁判所や弁護士、行政などが原因を調査する制度が設けられている。
 新たな冤罪を防ぐには過ちから学ぶ姿勢が大切だ。


2019年03月30日土曜日


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