社説

東電旧経営陣に無罪/企業の社会的責任は免れぬ

 東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣の3人に東京地裁(永渕健一裁判長)はきのう、無罪の判決を言い渡した。
 検察官役の指定弁護士側は被告の勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)に禁錮5年を求刑していた。
 未曽有の被害をもたらした2011年3月の原発事故から8年半余り。判決は、市民判断で強制起訴された企業トップらの刑事責任を退けた。
 原発事故の責任は一体、誰にあるのか−。犠牲者の遺族や古里を奪われた避難者に限らず、釈然としない思いが募る人は多いだろう。
 被害者らが提起した民事訴訟では、東電の過失を認める判決が相次ぐ。一方、個人に刑罰を科す刑事裁判では、具体的な予見可能性や結果の回避可能性など、より厳格な立証が求められる。判決は、個人の過失を問う刑事裁判のハードルの高さを改めて印象づけたとも言える。
 裁判で問われたのは、事故前の津波対策だ。大津波の襲来を3人は予測できたか。それが最大の争点となった。
 東電は08年3月、第1原発に「最大15.7メートル」の津波が到達すると算出している。高さ約10メートルの敷地を越す津波襲来の可能性を示すこの試算について、3人は08年6月から09年春にかけて報告を受けるなどしていた。
 試算の基になったのが、国の地震予測「長期評価」。裁判では、津波の予見可能性の前提として、その長期評価の信頼性が焦点となった。
 判決は、長期評価について「具体的な根拠を示さず、信頼性に合理的な疑いが残る」と判断し、巨大津波の予見可能性を認めなかった。
 判決は事故の重大性は認めながらも、「津波についてあらゆる可能性を想定し、必要な措置を義務づければ、原発の運転はおよそ不可能になる」とも指摘している。社会的インフラとしての原発の役割を重視するあまり、判決の軸足は原発優先に傾いているようにも映る。
 しかし、原発は極めてまれな自然災害にも備えるのが運転の大原則のはずだ。事故が起きれば深刻な事態となるのは火を見るより明らかで、どんなに小さな可能性にも対処する義務が求められるのではないのか。
 巨大津波の試算の報告を受けながら、旧経営陣は何ら津波対策を打ち出していない。裁判を通じ、社員らのさまざまな証言から、経営側の危機管理の甘さ、責任回避の姿勢が浮き彫りになった。
 旧経営陣の刑事罰は免責されたとはいえ、原発事業者としての企業の社会的責任は免れまい。
 原発の安全を確保する責任は誰にあるのか。その答えが見いだせない限り、東電はもちろん、原発への不信を拭い去ることはできないだろう。


2019年09月20日金曜日


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