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とうほくドローンeye/おくのほそ道編(11)/多賀城 枝をつらぬる契(ちぎり)


 塩釜の港から南西へ約4・5キロ。多賀城市八幡に立派な松が2本、枝を絡ませながら伸びる。「末の松山」と呼ばれた歌枕の地で、すぐ隣に宝国寺が建つ。その山号も末松山(まっしょうざん)。
 <君をおきてあだし心をわがもたば末の松山なみも越えなむ>と古今集・東歌にある。もしあなた以外の人に心を寄せるようなことがあったら、末の松山を波が越えるでしょう、といった意味合い。
 芭蕉は比翼連理のつながりを思い浮かべたが、それも永遠に続くことはできない。近くにある墓地を見て「終(ついに)はかくのごときと、悲しさも増りて」と人の世の無常を記す。
 さて、末の松山を越えるような大波が襲って来たことはあるのだろうか。
 「平安前期の貞観地震(869年)でも8年前の東日本大震災でも、津波は末の松山まで来ませんでした」と史都多賀城観光ボランティアガイドの三浦秀雄さん(73)が教えてくれた。
(写真部・庄子徳通、小林一成)

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2019年11月22日

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