考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

鑑賞にふさわしい環境を優先すべし

添削指導員 小林広子(37歳・登米市)

 宮城県美術館(仙台市青葉区)の移転問題について個人的に考えたことを述べたい。

 私はそれほど多く県美術館に行っていないが、家族は特別展があるたびに足を運んでいる。現在の県美術館は68歳の父でも気軽に運転して行ける閑静な場所に立地しているため、登米市からでも安心して向かうことができる。移転案の通り、宮城野区の仙台医療センター跡地に建て替えられたら、今まで車で訪れていた人たち、特に高齢者が慣れない場所までたどり着けるだろうか。

 そもそも一番疑問なのは、宮城県民会館を移転する場所に、土地が余っているから、同じく移転できそうな県の施設として美術館を候補に挙げた点である。県美術館は仙台市の文化芸術の拠点として気品と誇りを兼ね備えた無二の空間であったはずなのに、「ついでに」感が否めない。品位を落とされてしまった気がして悲しい。商業施設の空きスペースに場所ふさぎのために入ってくれ、と言われているような気にさえなる。

 私は県美術館に行くことは少ないが、県民会館にはそれなりに足を運んでいる。コンサートを聴きに行くこともある。だからこそ懸念するのは、コンサートが美術館閉館後、夕方以降の開演が多いとしても、二つの施設を集約すれば交通渋滞が起こりやすくなると予測されることだ。今までは静かな場所が気に入って頻繁に通っていた美術館の常連さんたちが、騒々しくて混雑する場所なら控えようと思う可能性も否定できない。

 さまざまなコンサートに通っている身としてすぐ思いつくのは、自家用車だけでなく、電車でもバスでも何かイベントがあれば相当混み合うということだ。正直、元気な人でないとファンの熱気に負けてしまう。最寄り駅のJR仙石線宮城野原駅は東北楽天ファンでもにぎわうらしい。そんな混雑する状況では、高齢者や障がい者は疲れてしまうだろう。

 その点、私がよく通う宮城県図書館(仙台市泉区)は静かな場所に存在し、現在の県美術館同様、落ち着ける公共施設だと感じる。

 何でもかんでも集約すればいいというものではない。特に美術は音楽と違って、他者と一緒に楽しむというより自分の感性の世界で一人静かに味わうものだから、にぎやかな場所に建てるのは根本的に間違っている。多少財政面が厳しくなっても、良い環境を

 もし県図書館が騒々しい場所にあったら、私はあまり行きたいと思えなくなり、読書の機会も減るかもしれない。

 それと同じで、将来宮城を代表する美術家になるかもしれない子どもたちが、感性を養うために県美術館に通っているとすれば、その感性は美術館が立地する環境も含めて磨かれるものである。そんな子どもたちのためにも、現在地から移転するべきではない。元気な大人だけでなく、子ども、高齢者、障がい者、全ての人が足を運びやすい美術館であってほしい。

持論時論(2020年3月4日)

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美術家 前宮城県芸術協会理事長 大場尚文
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