考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

「建てるとは住むこと」を学べるか

東北大教授 森一郎(57歳・仙台市青葉区)

 東北大川内キャンパス(仙台市青葉区)で2月15日、「美術館と公共性の未来」と題するシンポジウムが開かれた。学内の教員、学生のみならず、市民も多数参加し、200人近くが4時間半にわたって討議を行った。理性の公的使用という哲学的総論から、美術館の公的、歴史的な役割、内外の最新の美術館事情の紹介まで、話題は広がり、とりわけ前川国男建築の特長に関する専門的解説は聞き応えがあった。

 前川建築の専門研究者で近代建築保存問題に詳しい松隈洋氏(京都工芸繊維大教授)は「このシンポジウム開催自体が画期的なものだ」と発言された。宮城県美術館という公共施設を大切に思い、その移転計画に関心を寄せる人々が一堂に会し、感情的にではなく、冷静かつ多角的な視点から問題の本質をともに考えることができたことは、今この街で起こっている出来事が、公共性について考える絶好の機会となり得ることを物語っている。

 私が研究している20世紀ドイツの哲学者ハイデガーは、第2次世界大戦後の1951年にドイツ建築家協会で行った講演の中で、「建てるとは住むことだ」と述べた。私は昔、この「建築=居住」説がピンと来ず、陳腐だとさえ感じていた。

 ところが、前任校の東京女子大で伝統校舎の解体問題が勃発した。校舎は解体されたが、その建物の保存活動に携わって以来、ハイデガーの言わんとすることが分かってきたように思う。

 物を作るのは、使うためであって、ポイ捨てするためではない。使い続けられるからこそ、それに見合う精巧な作品が作られるのだ。それと同じく、建物を建てるのは、そこに人々が住み、落ち着いて暮らせるからこそだ。建てたら建てっ放し、少しでも古くなればすぐ壊してまた建てればいい、という発想では、住むことはないがしろにされ、住まいや都市景観の質は下落してしまう。建てて住むではなく、建てて壊すというサイクルを続けている限り、いつまでたっても街の成熟は望めない。

 ハイデガーは、戦災で荒廃した都市復興に取り組む建築家たちに向かって、ただ建てようとするのではなく、人間の住む世界を築き、そこに暮らすことが肝心と説いた。東日本大震災から9年たっても、復興の課題はなお山積している。宮城県美術館は、長らく県民に親しまれ、記憶の箱となってきた。震災を持ちこたえた公共施設を、ポイ捨てするかのように用済み対象と見なし、国から資金が受けられるというだけでハコモノを新造しようとするのは、復興の理念とは全く逆の軽挙と言わざるを得ない。

 われわれ宮城県民は住むことを学ぶことができるだろうか。今直面している試練は、好機でもある。私も、次なるイベントを懲りずに企画し、建てることと住むことについて考え続けていきたいと思う。公共の関心事を皆で話し合うことは、ソクラテス以来、優れて哲学的、政治的な実践なのだ。

持論時論(2020年4月12日)

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