考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

美しい施設を活用し存続させよう

東北大白菊会事務局長 大村昌枝(63歳・仙台市太白区)

 宮城県美術館(仙台市青葉区)の移転計画にまつわる県民からの投稿が止まらない。芸術活動に携わっている方はもとより、実に多様な視点での意見に学ぶことばかりだが、どの意見にも通底しているのは、建築を含めた美術への愛にあふれていることだ。いかに無粋な私でも、素晴らしい建築物や芸術作品に触れると、心が震える。私は県美術館の良き常連客とは言い難いけれども、そんな私でさえ考え込んでしまったのが、今回の移転計画である。

 県美術館の周辺を通り過ぎる時、必ず思い出すことが二つある。一つ目は「地方自治の神様」と言われ、1969年3月から5期にわたって宮城県知事を務めた故山本壮一郎氏のことである。知事退任後、私が勤務していた県国際交流協会長として在籍され、時折、会長室に職員を集めてはゲーテの詩などをそらんじて哲学的な話をしてくださった。忘れられないのが、1981年の県美術館落成時の話である。

 落成の目玉として準備されたのはロシア出身のカンディンスキーの絵画だったのだが、博識の山本氏をしても「はてな」の画家。ご自宅で、学生だった娘さんに「知っているか」と尋ねたところ、間髪入れず「もちろん」と言われ、「父親としての面目丸つぶれだった」と、それはそれは楽しげに話してくださった。

 山本氏はなぜ、その話を聞かせてくれたのだろうかと思いを巡らすと、娘さんへの愛はもちろん、あの美しい公共施設に対する特別な愛があったのではとも考える。

 二つ目は、仕事で県美術館の講堂を使わせていただいた時のことである。今からさかのぼること14年前、私たち県国際交流協会は、オーストラリアの文化を紹介する企画に取り組んでいた。先住民族アボリジニに焦点を当て、識者による基調講演と民族楽器ディジュリドゥの演奏という2部構成で、わくわくしながら準備に取り掛かっていた。しかし、内容は決まったものの、肝心の会場探しは困難を極め、もはやこれまでと思った時、県美術館に講堂があることを思い出した。

 わらにもすがる思いで美術館に相談に向かうと、「あまり使っていないもので…」と案内された講堂は、その言葉通り革張りの扉に、うっすらとカビが生えているではないか。ホール中がカビ臭いような気もしたが、規模的にはちょうどいい。もはや背水の陣、みんなで扉のカビを拭うことに。結果として企画は成功した。

 私たちは、もっと県美術館に足を運び、備わっている機能をもっと活用して、カビなどを生えさせてはいけないのだ。

 私一人が足を運ばなくても、いつまでも当たり前のように、あの場所にあり続けると思っていた県美術館が、消えてしまうかもしれない。そんなことになれば、親を亡くしてから親孝行をしなかったことを悔やむ子と同じになってしまう。そんな気がしてきた今日この頃である。

持論時論(2020年9月23日)

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