考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

創作を支える教育機能 維持できるか

東北福祉大鉄道交流ステーション学芸員 鈴木佳子(57歳・仙台市青葉区)

 宮城県美術館(仙台市青葉区)には「創作室」というアトリエがある。正面玄関に至る回廊の中庭を隔てた向こう側である。県民が何か「作品」らしいものを創作したいと思った際、予約なしに訪れて自由に利用できる教育普及部の活動スペースだ。私は学生時代や子育て中もお世話になった。

 川内地区にある県美術館が宮城野区に集約移転されるという構想が明らかになり、波紋が広がっているが、県美術館の教育施設としての機能が削り落とされてしまうのではと不安を感じている。

 全国に先駆けて構想された県美術館の教育普及部。1981年の開館以来、13年間にわたって制作指導を担った学芸員「キワさん」こと故高橋貴和(たかより)氏は「版遊(はんゆう)」と題した冊子を遺(のこ)した。広瀬川での石拾いから始まる「石ころグラフ」、身近な材料で版画の技法を楽しむ「新聞シルク」「針金グラフ」など、美術の基礎訓練なしに遊び感覚で創作の醍醐味(だいごみ)に触れることができるよう工夫されたワークショップが多数紹介されている。普及部が「美術館を開く」ことに真剣に取り組んできたことが分かる。

 創作室でスタッフと利用者の間でしばしば交わされる言葉があった。「人生を豊かにするのは、いかに上手な暇つぶしを持っているかなんだ。もちろん野球でも映画や音楽でもよいわけだけど、それが美術だって人もいるんだよね」

 今、学校現場では授業数の削減や実技系教員の採用減らしで、美術を学ぶ機会そのものが減少傾向にある。さらに学校を出ると多くの人は美術を鑑賞する機会はあっても、作る機会は失われる。美大生ですら卒業後に創作を続けていくのは難しい。制作には、騒音やほこり、臭いも発生するし、十分なスペースも必要だからだ。

 県美術館は、創作室が展示スペースとは機能的に区切られており、誰でも自由に利用できる点が特長である。個人では所有しにくい道具や機械も使え、何より創作の過程で困った場合には専門スタッフが技術的なサポートだけでなく、人それぞれの創造への思いに寄り添う相談役となる。このオープンアトリエこそが県美術館の真価であると思う。

 美術館や博物館は本来、憲法の「教育権」に連なる法体系に位置付けられている。しかし近年、政府は観光や地域活性化のための効率的な活用を求め、民間資金投入にも積極的だ。今回の移転案はそんな潮流に乗っているように思える。しかし、抱き合わせとなる東京エレクトロンホール宮城(県民会館)の拡充の陰で県美術館の教育機能は維持されるのだろうか。

 美術館はなぜ必要なのか、という問いに私たちは答えなければならない。それは将来どんな教育環境を持つ町で子どもを育て、年を重ねて暮らしていきたいかという生活の質への問いでもある。

 川内地区から県美術館が姿を消した場合に、私たちが被る喪失感を、この移転計画を推進する人たちは、いかほどのものと見積もっているのだろうか。

持論時論(2020年10月27日)

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