考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

「マアヤン」に込められた原爆の記憶と祈り

東北大大学院医学系研究科教授 虫明元(62歳・仙台市青葉区)

 宮城県美術館(仙台市青葉区)の前庭に置かれた野外彫刻「マアヤン」の制作者、ダニ・カラバン氏が、宮城野区に県美術館を移転する県の方針案に対し、反対していることを、問題に取り組む市民団体が明らかにしたことが、10月2日の本紙朝刊で伝えられた。

 私も実際に設計を担当した専門家から説明を聞く機会があった。「マアヤン」は美術館正面にあるケヤキの木から、正面のエントランスに向かって建てられた7本のコンクリートの柱から成る。その7本と連続している8本目の柱は、7本の柱と同じサイズで県美術館の建物を支える柱となっている。このことで県美術館と一体化した作品になっているという。

 来館者は、世俗の世界から芸術の世界に足を踏み入れる時、見える景色が次第に変化する中で散歩道を歩むように導かれ、それが日常と非日常のいわば橋渡しとなる。県美術館の入り口から建物に至るまでの非直線的な遊歩道の最後に、この「マアヤン」はある。

 果たしてカラバン氏は、この作品にどのような思いを込めたのであろうか。世界中のカラバン氏の作品の多くには共通のモチーフがある。ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)で多くの同胞を失ったイスラエル人である彼の平和への思いや記憶である。

 「マアヤン」の落成式は、カラバン氏も出席して1995年8月6日、県美術館の前庭で行われた。8月6日は日本人であれば忘れることのできない広島原爆の日である。そして作品が発表された95年は原爆投下から、まさに50年の年であった。制作中に落成の日が8月になることを知ったカラバン氏は、この特別な日を作品の落成式として選び、全ての被爆者とその家族にささげることにした。この作品は「広島の犠牲者へのオマージュ」とも言われる。

 7本の柱の下には水路が木を囲み、柱の間を蛇行し、小さな丸いプールに達する。私はそれを見て、原爆の被害者が水を求めて川へと次々と飛び込み死んでいく場面を連想した。「マアヤン」の柱の内部には、水の滴りが奏でる水琴窟(くつ)を設置してある。この楽器は日本の伝統に由来し、この滴る水から生み出される音は、犠牲者とその家族の涙を暗示しているようだ。

 このように「マアヤン」は、日本人の原爆の記憶と犠牲者への鎮魂、そして平和への思いが込められた作品と解釈したい。この作品を海外に紹介する文章では、カラバン氏自身が「『マアヤン』は、環境彫刻であり、広島の犠牲者にささげられる。宮城県美術館、仙台市、日本」と英文で書いている。

 県美術館へ向かう遊歩道をエントランスに向かって歩きながら、カラバン氏の「マアヤン」を五感の全てを研ぎ澄ませて感じる時、誰もが原爆や人間の苦悩の歴史の記憶に思いを致し、未来の平和への祈りをささげたくなるのではないだろうか。

持論時論(2020年10月29日)

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