考えよう、宮城県美術館のコト。

コラム

移転予定地の災害リスク、適切に評価を

元外務省参与 迫久展(67歳・仙台市青葉区)

 私が外交官だった頃、一時帰国の合間に宮城県美術館(仙台市青葉区)によく行っていた。青葉山・川内地区の静寂な環境の中にあり、心も落ち着く。ところが最近、竹馬の友が「県美術館の移転話が、多くの反対にもかかわらず進んでいるのだ」と教えてくれた。

 40年ぶりに生まれ故郷の仙台に戻り、居を構えるに当たり、仙台市作成のハザードマップを見て、自然災害のリスクの低い地に居を選択した。検討したのは、宮城県沖地震による建物被害想定分布図、長町―利府線断層の地震による建物被害想定分布図、仙台市浸水想定区域図である。

 驚くことに、県美術館の移転予定先である宮城野区の仙台医療センター跡地は、地震の揺れや液状化による建物被害が想定され、大雨では車両が走行不能となる区域の近くだ。

 これでは30年に一度程度の地震で、同地区にある建物は高度な耐震構造で無傷でも内部の被災は必定だ。建物内の人間も死傷する可能性がある。人命も所蔵品も「買い替え」はできず、取り返しがつかないことになる。

 自然災害のリスクのある美術館には文化財を貸与しないのが、世界的な美術館や博物館の習わしだ。人類の共通財産である美術品を毀損(きそん)するわけにはいかない。仙台医療センター跡地の美術館には、世界的美術品は来なくなるのではないか。

 東京電力福島第1原発事故では「想定外の津波の高さ」との言い訳が聞かれたが、実際は「学者により既に想定されていた津波の高さ」であり、意図的に無視されていた。県美術館移転の検討でも「想定外」は許されない。地震による被害リスクの小さい現在地から、リスクの大きい区域に移転する道理はない。

 私は、在外公館(大使館、総領事館、代表部)の建物の用地選択や購入、借り上げ、政府開発援助(ODA)にも携わったが、その採択要件は、第一に人命、第二に環境、第三に経費だった。

 特に、そこにいる日本人の保護を使命とする大使館や総領事館が、常に念頭に置いていたことは「人命の確保が第一」であり、どの政権からも異論はなかった。リスクのデータがそろい、人命を確保する上で疑義がある案は、私ならば採択しない。

 現行の県美術館は高名な前川国男氏の設計であり、「そこに存在すること」で極めて高い文化財的な価値がある。

 他の施設と統合すれば、国の補助金獲得の千載一遇のチャンスとはいえ、国民の税金である。経済対策というなら何をか言わんやである。移転予定地近くには競技場や球場がある。スポーツは熱狂を帯びて歓声を上げて観戦するものであり、興奮したファンが近所で破壊活動をすることも想定しておく必要がある。

 美術鑑賞は静寂を必要とする。環境上、スポーツと美術鑑賞は相いれない。県美術館の移転は民度が問われる問題でもある。

持論時論(2020年11月4日)

コラム一覧

移転予定地の災害リスク、適切に評価を
元外務省参与 迫久展
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価値ある建物と環境を引き継いで
主婦 佐野のぶ
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