旧野蒜駅でミュージカル 被災後の歩み胸に、矢本一中校長出演 きょう

全壊した石巻市の自宅で見つけたCDが入ったケースを手にする安倍校長

 旧野蒜駅で10日、東日本大震災で被災した住民らが出演するミュージカルに、東松島市矢本一中校長の安倍良博さん(58)も参加する。震災当時、教頭を務めていた鳴瀬二中(当時)で被災し、石巻市の自宅は全壊した。つらく悲しい経験を経た今、あの日からの歩みに思いを巡らせ、舞台に立つ。

 8日にあった矢本一中の卒業式。安倍さんは校長として、新たな道に旅立つ3年生に贈る言葉を述べた。「震災の試練に正面から立ち向かい、今まさに壁を乗り越えようとしている。復興からの発展期に飛び出す象徴になってほしい」

 安倍さん自身も10日、一歩を踏み出す。出演するミュージカルは、震災後の歩みや支援への感謝を歌や言葉に乗せて発信する。

 最初は出演をためらった。「当時のことを重ねたら歌にも言葉にも詰まる」

 2011年3月11日は鳴瀬二中の卒業式だった。3年生を送り、学校には安倍さんや教員、体育館で式の片付けをしていた生徒がいた。強い揺れに襲われ、教員や生徒、学校に避難してきた地域住民らと共に北校舎に逃げた。2階に上がったが、襲来した津波の水位はどんどん上がり、階段の最上段まで迫った。

 その日は校舎で一夜を明かした。カーテンや暗幕をちぎってまとい、給湯室の冷蔵庫にあった牛乳などでしのいだ。

 翌日、近くの野蒜小で2日ほど過ごし、鳴瀬一中に移った。家族は無事だったが、石巻市門脇町4丁目にあった自宅は全壊した。安倍さんは鳴瀬一中で寝泊まりした。

 鳴瀬二中には1996年から7年間、数学教諭としても勤めた。生徒は自主性があり、保護者との交流も深かった。震災で、松林や海岸が広がる野蒜の美しい風景は色を失った。卒業式前日、式用の花を届けてくれた花屋の男性。式に来賓で出席し、式後に弁当を配達してくれた民宿経営の女性。それっきり会えなくなった。生徒4人の命も奪われた。

 震災直後の4月、南三陸教育事務所(当時)へ異動。栗原地域事務所長から本年度、東松島市に校長で戻ってきた。

 ミュージカルへの出演を誘われたのは昨年12月。旧野蒜駅に立って歌を歌ったり踊ったりすれば、きっと思いがこみ上げる。それでも「自分が出演することで地域の力になれるなら」と決意した。

 震災を経験し、防災には日々の授業が生かされると再確認した。価値観も変わった。失って初めて見えたこともあった。「震災で終わっていたかもしれない人生。今与えられている時間はとても貴重」と話す。

 ミュージカルの出演は「自分の気持ちを整理することにもなると思う」。震災から8年。心の復興へ一歩ずつ歩みを進めていく。


2019年03月10日日曜日


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