東京五輪聖火台 復興見守る役目終え石巻に別れ

重機でつられ、台座から外された聖火台

 2015年6月から石巻市総合運動公園に設置されていた1964年東京五輪の聖火台が14日、撤去された。東日本大震災からの復興のシンボルとして市民運動で誘致し、最大被災地を4年間見守ってきた聖火台が役目を終えた。岩手、福島両県などで展示後、20年東京五輪のメイン会場になる新国立競技場に移される。

 撤去は午前9時に始まり、市内の建設会社などの11人が作業に当たった。高さ、直径ともに2.1メートル、重さ2.6トンの聖火台を大型重機でつって台座から降ろした。15日に次の展示場所の盛岡市に輸送する。

 写真を撮りながら作業を見守った近くに住む本田ふく子さん(75)は「五輪の聖火台が置かれたのはありがたく、被災者の心の支えになったと思う。撤去は寂しいし、残念」と話した。

 聖火台誘致は石巻市体育協会の発案から市民運動へと広がり、市や経済界と協力して国などへの要望を展開。14年9月に市への貸与が決まり、15年6月に設置された。「いしのまき復興マラソン」など数多くのスポーツ、復興支援のイベントで点火され、盛り上げに貢献してきた。

 東京五輪・パラリンピック聖火リレー出発地・聖火台誘致委員会の事務局長を務める伊藤和男石巻市体育協会長(72)は「被災者に元気を届けてくれた。子どもが巣立つ時のような、晴れがましくも寂しい複雑な気持ちだ」と感謝した。

 設置場所には、コンクリート製の台座が残る。誘致委員会は聖火台のレプリカ設置への協力を市に求めており、市は今後、検討を始める。

 聖火台は21日から盛岡市の岩手県営運動公園で展示される。その後、釜石市や陸前高田市などの沿岸被災地を巡回。福島、埼玉両県でも展示された後、新国立競技場に移される予定。


2019年05月15日水曜日


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