記者コラム・水紋>商業捕鯨再開(今里直樹)

 鯨がうまいものだと知ったのは25年ほど前だった。仙台の実家に届いたお歳暮だったろうか。勤務先の秋田に両親が冷凍の鯨肉を送ってくれた。同僚と酒のさかなにした。半分凍った状態で溶け切る前に食べると好評で、酒が進んだ。

 以来、ほとんど鯨を食することはなかった。再び口にしたのは昨年、石巻に赴任してから。生のミンククジラを食べたときの感動は大きかった。グルメならずとも食文化の醍醐味(だいごみ)を感じた。

 1994年に出版された「華やぎし町にて−鮎川・捕鯨全盛の頃−」という本がある。捕鯨の町・石巻市鮎川地区で生まれ育った元高校教諭岡田寛さんの著書だ。一人の少年の視点で捕鯨全盛の時代をつづる。

 「港には大型・小型、20隻近い捕鯨船が頻々と出入りし、その汽笛が幾度も街に響き渡った」「県内随一の裕福な町と言われ、捕鯨船砲手の妻は絹の服をまとっていた」

 東日本大震災の津波は、わずかに残る往事の面影をものみ込んだ。鮎川を含む旧牡鹿町地区の人口は約2500。最盛期の1万3000人とは比べるべくもない。

 産業の栄枯盛衰は世の常で、鉱山の町、鉄の町が廃れた事例は数多い。それでもかつてのにぎわいを夢見てしまうのは郷土愛か。郷愁か。

 商業捕鯨が7月、31年ぶりに再開される。牡鹿半島の突端の町はどう変わるのだろう。捕鯨を取り巻くさまざまな事情を超え、差し込む光明を祈らずにはいられない。


2019年05月17日金曜日


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