記者コラム・水紋>美しい「花」(河北新報社石巻総局・樋渡慎弥)

 記者を目指したきっかけの一つに、批評家の小林秀雄を取り上げたある新聞社のコラムがある。

 「美しい『花』がある。『花』の美しさという様(よう)なものはない」

 小林が能について語った一節だったが、抽象的な「花の美しさ」を無邪気に語るのではなく、目の前にある「美しい花」こそ価値があるのだ、と自分なりに理解した。

 4月に石巻総局へ赴任して原発を担当することになった。出身地の青森県内には原子力関連施設が文字通り林立しているが、これまであえて「原子力」には触れないようにしてきた。

 ふに落ちないと気が済まない性格。「沸騰水型」や「核燃料サイクル」など理解しにくそうな専門用語に向き合うことへ知的怠慢を繰り返した。

 ただ、「原子力ムラ」や利権といった闇を感じさせる単語と一緒に語られる原子力にちゅうちょしていたのも事実だ。

 仕事だからそうも言っていられず、書籍や報告書を探した。関係する機関のホームページも読んでみた。原子力に関する技術や国の制度など、正確で細かい大量の事実はあったが、いまいち頭に入ってこなかった。

 釈然としなかったのも、原子力を巡る空中戦の議論ばかりだったのが大きい。あっても「原発の危うさ」だけだった。

 この地は東日本大震災の最大被災地でもある。「命の尊さ」ではなく、一つ一つの「尊い命」にこそ、意味があると思い続けたい。


2019年07月12日金曜日


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