新「常長像」に迫る 仙台の工藤さん、慶長使節帰国400年を機に出版

新たな常長像を提示した「支倉六右衛門常長の最期」

 支倉常長ら慶長遣欧使節が帰国して400年に当たる今年、小説風に仕立てた単行本「支倉六右衛門常長の最期−帰朝四百年の謎−」(金港堂出版部)が関心を呼んでいる。著者は仙台市在住の工藤隆哉さん(72)=大崎市出身=。「悲劇の武士というイメージが強いが、個人的に違和感があった。払拭(ふっしょく)したかった」と話す。

 工藤さんは東京の船会社に勤めた後、各国を旅行。帰国後「風雅堂亭主」のペンネームでエッセーなどを執筆。常長については3、4年かけてさまざまな文献や資料に当たって調べた。石巻市渡波のサン・ファン館にも足を運ぶなどして書き上げられたのが本書。

 慶長遣欧使節の足跡をたどりながら、帰国後の常長の消息について焦点を当てる。帰国後、1年もたたずに突然亡くなった常長の謎に迫る。キリシタンを巡る藩主伊達政宗とのやりとりも興味深い。

 その結果、従来の常長像とは違う視点で、工藤さんが創りあげた常長は「日本という国の印象を世界の人々に鮮明に示した本邦最初の外交官」だった。
 工藤さんは「この本をきっかけに、改めて常長をはじめ慶長遣欧使節の歴史に光が当たればうれしい。石巻の人たちにももっと知ってほしい」と強調した。

 本書は255ページ。定価1200円(税別)。

※慶長遣欧使節:仙台藩主伊達政宗が、仙台領内でのキリスト教布教容認と引き換えにメキシコとの直接貿易を求めて、スペイン国王およびローマ教皇のもとに派遣した外交使節。大使という大役を任されたというのが支倉常長(1571〜1622年)。1613年、宣教師ソテロとともに洋式帆船「サン・ファン・バウティスタ」で太平洋を渡る。常長はメキシコを経てスペインに至り国王フェリペ3世に謁見、ローマに入り教皇パウロ5世に拝謁した。しかし幕府のキリスト教弾圧などから目的を達することができず、7年後の1620年、仙台に戻る。


2020年11月21日土曜日


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