東松島・赤井官衙遺跡群、国指定へ 文化審が文科相に答申

牡鹿柵を裏付ける塀跡と溝跡などが見つかった赤井官衙遺跡群=2017年12月、東松島市赤井

 文化審議会は20日、東松島市の赤井官衙(かんが)遺跡群など12件を史跡にするよう萩生田光一文部科学相に答申した。本年度内に答申通り告示される。

 遺跡群は約1300年前に陸奥国牡鹿郡を統治するために設けられた役所「牡鹿郡家(ぐうけ)」と、蝦夷(えみし)支配の軍事施設だった城柵「牡鹿(おしかの)柵」の跡とみられる。史書「続日本紀(しょくにほんぎ)」に記された牡鹿柵の存在を考古学的に証明し、東北の古代史を知る貴重な遺跡として評価されている。

 標高約2メートルの浜堤上にあり、東西約1.7キロ、南北約1キロ。1986年に始まった発掘調査で、計約3万平方メートルから高床倉庫や掘立柱建物、材木掘など1300以上の遺構が見つかった。土器や鉄製品など多くの遺物も確認された。

 遺跡の南西約4.5キロに位置する丘陵の斜面には、牡鹿郡を治めた豪族道嶋氏の一族や牡鹿郡家に勤めた役人らが埋葬された墓群「矢本横穴」がある。

 市が今年1月、文化庁に正式に申請していた。


2020年11月21日土曜日


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