<浜再生の道 検証・水産業復興特区>(中)対立/漁業者 自治の崩壊懸念

水産業復興特区を巡り猛反発する県漁協幹部に理解を求める村井知事=2011年5月13日、宮城県庁

 あの喧噪(けんそう)は何だったのか。
 「申請の競合がなく、現行の漁業法に従って漁業権を付与する」。今月10日、漁業権の適格性を審査する宮城海区漁業調整委員会。県は水産業復興特区の適用見送りを淡々と説明した。
 東日本大震災の津波が漁場を破壊して間もない2011年5月10日。村井嘉浩知事は政府の復興構想会議の席上、水産特区構想を提起し、「民間資本の導入を促し、担い手の選択肢を広げるべきだ」と打ち上げた。

<「変わる時期」>
 「鉄のルール」に風穴を開ける提案だった。態度を硬化させた県漁協の反応は素早かった。翌11日、「企業参入は容認できない」との見解を表明する。「企業に隷属するつもりはない」「地域の荒廃と崩壊を招く」。反対の文言は激烈を極めた。
 騒然とする漁業者を相手に、村井知事は主張を曲げなかった。
 「今までのスキームで企業が入れるなら、県内に企業がたくさん入ってきているはず」。構想の提起から1カ月後の定例記者会見で意義を改めて強調し、「(農業と同様に)漁業も民間の力を借りながら力を付ける。シフトチェンジをする時期ではないか」と迫った。
 現行の漁業法でも企業の漁業権獲得は可能だ。ただ企業が漁業権を取得しても、優先権がある漁協がその漁場への参入を表明すれば撤退せざるを得ない。事業継続の不透明さは、看過できないリスクだった。
 対する漁業者は「浜の自治の崩壊」を恐れた。
 県漁協が主導する衛生管理などの規則は、宮城のカキのブランド力を保持する上で欠かせない。漁場の割り当ては漁協が主体となって漁業者間の調整を担う。漁業者は自主的にルールを作り、現場の紛争防止や漁場の保全を図ってきた。
 当時県漁協会長として村井知事と対峙(たいじ)した木村稔さん(78)=石巻市=は「民間に開放すれば浜の分断を招くだけだ。県から直接免許を受ける企業が、浜のやり方に従うとは思えなかった」と振り返る。

<連携も選択肢>
 県は13年9月、桃浦かき生産者合同会社(石巻市)に漁業権を付与する。村井知事は県漁協側に導入の経緯をわび、「休戦」となった。
 津波は多くの漁民の命を奪った。漁船や漁具を失った漁業者は途方に暮れた。
 11年6月に県漁協会長に就いた菊地伸悦さん(73)=宮城県亘理町=は「明確に反対の意思を持っていた組合員は半数に満たなかったのではないか」と推測。「『一刻も早く復旧復興を果たさなければ』という思いは同じ。知事の決断は責められない」と理解を示す。
 震災後、県内の漁業集落は過疎化が進み、人手不足が深刻化する。菊地さんは「従来のやり方では、後継者を生まなかった。これからは、信頼のおける企業との連携も一つの選択肢になっていい」と話した。


2018年08月24日金曜日


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