南三陸への思い強く 長崎・南島原市から派遣の佐藤さん、40歳で町職員に転身

打ち合わせをする佐藤さん(右)=1日、宮城県南三陸町役場

 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町への派遣職員だった佐藤守謹(もりちか)さん(40)が長崎県南島原市役所を退職し、4月から町職員として新たな道を歩き始めた。南三陸への思いを断ち切れず、古里を離れて被災地を支えることにした。「一度きりの人生、後悔したくない」。家族の後押しも受け、不惑の年に覚悟を決めた。
 佐藤さんは2015年から4年間、町企画課で総合計画策定や広報を担った。「机に座っているだけでは町のことは分からない」。休日は農作業のボランティアに通い、町民と交流を深めた。
 任期を終えて19年4月に南島原市に戻ったが、思い出すのは南三陸の風景やお世話になった人たちの顔だった。「いつでも戻ってこいよ」。机を並べて働いた町職員の言葉も胸に引っ掛かっていた。
 自治体職員になって約20年。戻ったばかりの古里を再び離れることへのためらいもあった。それでも「南三陸で復興の力になりたい」という思いが勝った。
 職員採用の募集要項が出た昨年12月、妻と2人の娘に思いを告げた。心中を察していたのだろう。妻は「一緒に行く」と決めていた。中学3年だった長女も、ひそかに宮城で受験する高校の情報を集めていた。
 3月末に登米市内の借家に4人で移住した。将来は町内で暮らす計画を立てている。
 町の商工観光課に配属され、1日から業務に励む。担当は商工振興や企業誘致。津波被害を受けた志津川地区の中心部は、造成されたものの空き区画が目立つ。震災から9年が過ぎても課題は山積している。
 「町の復興に向け住民と手を携えていきたい」と佐藤さん。かつての同僚と共に地域に尽くす覚悟だ。


2020年04月03日金曜日


先頭に戻る