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津波から村守った「奇跡の水門」絵本に 学生の紙芝居を活用、岩手・普代村が出版計画

震災の津波で村中心部が浸水するのを阻んだ普代水門
絵本で使用する大学生が描いた紙芝居(普代村提供)

 岩手県普代村は、東日本大震災の津波から地域を守った「普代水門」の教訓を絵本にする。震災前から交流のある追手門学院大(大阪府茨木市)と協力し、災禍を繰り返した歴史を踏まえて建設に尽力した元村長の思いや、津波防災の重要性を次世代に伝える。

 絵本の題名は「普代村を守った奇跡の水門」。6〜8月にふるさと納税を活用して制作資金の寄付を募り、目標額の160万円に達した。
 学生たちが作った津波伝承に関する紙芝居を基にして絵本化する。A4判、30ページ程度になる見通しで、来年2月をめどに100部を出版する計画だ。
 震災を知らない子どもたちへの読み聞かせに活用するほか、普代村と茨木市の小学校や公民館に配布する。震災10年となる来年3月11日には、学生による読み聞かせを動画投稿サイト「ユーチューブ」で配信することも検討している。
 普代水門は高さ15.5メートル、総延長205メートルで1984年に完成した。震災では太田名部防潮堤と合わせて20メートル超の津波の勢いをそぎ、村中心部への到達を阻んだ。村内の死者はなく、漁港の様子を見に行った1人が行方不明者になった。
 水門の規模や35億円に上る総事業費に反対の声は大きかった。だが、47年から村長を10期務めた故和村幸得氏は、307人が犠牲になった明治三陸大津波(1896年)の津波高15.2メートルを上回る高さの必要性を住民に訴えた。
 昭和三陸津波(1933年)でも137人が亡くなっており「二度あったことは、三度あってはならない」と譲らなかったという。
 村政策推進室の森田安彦室長は「水門のおかげで被害は最小限に抑えられた。絵本を通し、リスクがあるからこそ水門があり、逃げる意識が最も大事だということを伝えたい」と話す。


2020年09月11日金曜日


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