遺族追悼「妻や孫の分まで生きる…」4日に一部区域で避難指示解除の福島・双葉

立ち入り規制が緩和された福島県双葉町。中心部には壊れたままの建物が残り、工事関係者以外は人影もまばらだ=11日午後1時10分ごろ

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が一部区域で4日に解除された福島県双葉町で11日、犠牲者を悼み、ようやく姿が見え始めた町の復興を願う祈りがささげられた。東日本大震災の津波も襲った地区では男性が行方不明の妻と孫を思い、仮役場があるいわき市では追悼式が営まれた。

 「みんなで来たよ。早く出てきてくれ」。名取市に避難する志賀一郎さん(72)は、母屋が流失し作業場だけが残る同町中野の自宅を訪れ、供養の祭壇に手を合わせた。子どもや孫8人も花や線香を手向けた。
 あの日、一緒に外出していた妻のさち子さん=当時(63)=は地震後に自宅へ戻り、預かっていた生後4カ月の孫仁美ちゃんと津波に流されたとみられる。
 原発事故で翌日に避難を迫られ、十分に捜索できなかった。「見つかっていないので、引きずるところがある」。自宅にほぼ毎月通う。
 一帯は避難指示が解除されたが、町の産業団地の造成が進むほか、復興祈念公園の整備が予定され集落の復活は難しい。志賀さんも戻るのは困難と考えている。「母ちゃんの分も生きなきゃいけない」と話した。
 避難指示は一部解除されたが、住民帰還は早くて2年後。追悼式は約80キロ離れたいわき市錦町で営まれ、津波で犠牲になったり、災害関連死したりした人の遺族が避難先から参列した。
 白河市に避難した鈴木フヨさん(75)は、隣町に入院中だった92歳の母を震災の1週間後に転院先の新潟県の病院で亡くした。「9年は早かった。毎日、線香を上げている」と語った。


2020年03月12日木曜日


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