(新)指さし会話シート
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 第97回むすび塾での聴覚障害者や支援者の意見を基にリニューアルしました。自由にダウンロードしてお使いください。

指さし会話シート

第4部・学校(2)引き渡し/独自に安全判断、命守る

小原木小は引き渡しを見合わせ、保護者と児童は車に乗り込み、校庭で待機した(カラーイラスト・栗城みちの)
高台にある陸前高田市の第一中(左端)。津波で大きな被害を受けた市街地を見下ろす。第一中の右には仮設住宅が並ぶ

 地震、火災、不審者を想定し、子どもを家庭に帰す引き渡し。大津波が沿岸部を襲った東日本大震災では、引き渡しが落とし穴となり、子どもの犠牲が出た。一方、学校に子どもらを引き留め、命を守った地域がある。
 広田湾を見下ろす高台にある気仙沼市小原木小。本震の後、当時校長の熊谷洋子さん(62)は児童67人とともに校庭に待機し、迎えの家族を待った。
 大きな揺れに襲われた時、児童は机の下に潜り身を守った。校庭へも混乱なく移動した。

 「校長先生大変です。塀が倒れて、地割れもひどい」
 駆け込んできた親の言葉に、熊谷さんは不安に駆られた。地球が割れたのかと思うような地震だった。道路が大丈夫なわけがない。津波も来るかもしれない。
 同市出身で1960年のチリ地震津波を体験し、怖さは知っている。海まで400メートルほどの校舎は標高44.7メートルにある。児童の自宅は坂を下りた海辺に点在する。教頭と相談し「ここは高台だから様子を見ましょう」と保護者に伝えた。
 校庭には25人ほどの保護者が集まっていた。学校の提案に異論は無かった。余震のたび、みんなに不安の色がにじむ。寒さをしのぐため、児童を校庭に止めてあった保護者の車に分乗させた。
 その30分後、大津波が学区の集落を襲った。パート伊藤紀子さん(38)は自宅を流失したが、当時1年の長男と学校で難を逃れた。「引き渡されていたら自宅に帰るつもりだった。学校に助けられた」と感謝する。
 多くの小中学校が高台にある気仙沼市では、中井小や唐桑中など12校が、独自の判断で安全が確認されるまで引き渡しをしなかった。

 低地でも児童をとどめた学校がある。市中心部の南気仙沼小(気仙沼小に統合)は海まで1キロ。市内を流れる大川に接し、津波の危険性が高い地域とされてきた。
 1、2年生の帰りの会が終わり、担任らが児童を見送ったすぐ後だった。校舎が激しく揺れた。
 「連れ戻してきます」。教職員らが校舎から飛び出した。通学路を駆け回り、児童を見つけては「学校に戻りなさい」と声を掛けた。
 ほとんどの1、2年生が校舎に引き返した40分後、濁流が地域を襲った。学校も1階天井付近まで浸水した。上階に逃げた児童約350人は無事だった。防災行政無線で大津波警報を把握する前に引き渡した女児1人が犠牲になった。
 当時校長の中井充夫さん(59)は「近くに高台や高い建物が無いので、津波が想定されるときは校舎2階以上に避難することを決めていた」と語る。
 河北新報社の調査では岩手、宮城、福島3県の小中学校と特別支援学校で犠牲になった児童生徒351人のうち、引き渡し後の被災は120人と3分の1を占める。
 気仙沼市で犠牲になった小中学生は12人。早退や引き渡し後など全員が学校の外で被災した。同市の児童生徒の生存率は99.8%。小中学生のほとんどが避難し「奇跡」と称される釜石市と並ぶ。

◎広がる“帰さない”/親も子も「てんでんこ」

 東日本大震災を教訓に、津波警報や注意報の発表時の引き渡しを原則禁止する動きが教育現場で広がっている。学校と家庭の新たな避難ルールづくりも進む。

 ことし2月6日午後2時41分、ソロモン諸島の地震により太平洋沿岸に津波注意報が発表された。陸前高田市の第一中(生徒275人)は、注意報が解除された午後10時45分まで生徒を待機させた。
 生徒の多くは、標高36メートルの高台にある校舎から津波浸水域に下りて自宅に帰る。学区内の防潮堤は震災で壊れたまま。一部の保護者から引き渡しを望む声があったが、説得して引き留めた。
 引き渡しをしなかった理由は二つある。
 昨年12月7日、三陸沖の地震で岩手県沿岸に津波注意報が出され、一部生徒を帰宅させた。保護者から「学校は安全な場所にあるんだから、家に帰さないでほしい」と声が上がった。
 もう一つは、津波接近時の引き渡しが親も危険にさらすためだ。佐々木保伸校長(59)は「子どもが学校にいれば保護者は安心して避難でき、両方が助かる。今後も引き渡さない方針を徹底する」と話す。
 陸前高田市では、震災で約1800人が犠牲になり、小中学生は19人が亡くなった。第一中でも欠席した生徒3人が命を落とした。
 引き渡しのルールについて岩手県教委は震災後、(1)津波警報では行わない(2)注意報は状況に応じて学校が判断する−と改めた。陸前高田市教委も県教委に準じた対応を市内の小中学校に求め、2月6日は津波注意報解除時点で600人以上が学校などに待機した。気仙中(生徒94人)のように校舎に宿泊した学校もある。

 保護者の行動も含めて、津波避難のルールを改める自治体も出てきた。釜石市教委は各学校の防災マニュアルに「保護者は学校に児童を迎えに行かず、ただちに避難する」と明記するよう通知した。津波注意報以上に適用する。
 釜石市では、震災発生時に小中学生2921人が避難して助かった。一方、市全体では小中学生以外の1000人以上が命を落とした。自宅で学校からの連絡を待った保護者も犠牲になった。
 市教委の防災担当者は「児童生徒には、揺れたら高台に逃げるという防災教育を徹底している。親にも考え方を広めることで、お互いが一番近くの高い所に逃げる『てんでんこ』の実現につながる」と強調する。

[英訳] https://www.kahoku.co.jp/special/spe1151/20150108_09.html


2013年03月29日金曜日


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