(新)指さし会話シート
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指さし会話シート

<つなぐ 阪神大震災25年>親失った子の心 癒やす/「神戸レインボーハウス」ケアプログラムディレクター 富岡誠さん

遺児のケアに長年携わってきた富岡さん=神戸市東灘区の「神戸レインボーハウス」

 6434人が犠牲になった阪神大震災は17日で発生から25年となる。震災を機に復興まちづくりや防災研究、遺児支援に取り組み、現在は東日本大震災の被災地を支える人がいる。阪神から東日本へ。地域と地域、人と人をつなぎ、再生の力になろうと奮闘する姿を追った。

■遺児同士が交流

 阪神大震災と東日本大震災。時間と場所を超え、ともに親を亡くした子どもや若者が今の思いを語り合い、互いに耳を傾ける。
 東日本大震災などの遺児を支援する一般財団法人あしなが育英会の「仙台レインボーハウス」(仙台市青葉区)で昨年11月、「東北と神戸の交流のつどい」が開かれた。
 「神戸レインボーハウス」(神戸市)のケアプログラムディレクター、富岡誠さん(64)は遺児同士が心を通わせる姿に交流が生み出す力を改めて実感した。
 「ありのままの気持ちを互いに分かち合い、共感する。『独りじゃない。仲間がいる』と気付くことが一人一人の生きる力になる」
 富岡さんは長く交通事故の遺児支援に携わり、阪神大震災5年後の2000年に神戸レインボーハウスに赴任。館長も務め、主に集いやケアのプログラムを担いながら、子どもの成長を見守ってきた。

■思い受け止める

 神戸レインボーハウスが開設されたのは、親きょうだいを失った男児が1995年夏に描いた「黒い虹」がきっかけだ。富岡さんらは、心に深い傷を負った子どもの思いを受け止め、いつかきれいな虹が架かるように願いながら、それぞれのペースに合わせて寄り添った。
 「あまりしゃべらない子、寝転んだままの子…。とにかく耳を傾け、遊びを通し感情を吐き出すよう促した。子どもたちは自分自身の気持ちに気付きながら、少しずつ心の中で折り合いを付けてきた」と振り返る。
 阪神大震災から16年後の2011年、東日本大震災が東北を襲った。あしなが育英会は14年に宮城、岩手に3カ所のレインボーハウスを開設。遺児の集いなど阪神で培ったノウハウをつなげる活動を展開する。
 阪神と東日本の遺児の交流が本格化するのは16年からだ。歳月を経て、遺児も大学生や社会人に成長。18年秋から現在の「交流のつどい」として開催し、昨年で2回目を迎えた。

■見詰め直す機会

 両者は鏡に映し合うような関係だ。東北の遺児は神戸の子の経験を聞き、自らの気持ちの変化など多様な感情を理解しようとする。
 阪神の遺児らにとってもつながる意味は大きく、「東北の被災者の話を聞くことで、自分の過去の感情に気付いたり、見詰め直したりする機会になる」と富岡さんは言う。
 阪神大震災から25年。被災者の心が癒やされる時間や歩幅は一人一人違う。長い歳月の中でつらい気持ちが和らぐことはあっても、年齢を重ねるごとに親を亡くした喪失感を募らせる遺児もいる。
 「神戸と東北の遺児や保護者が毎年顔を合わせて語り合い、時間をかけて一緒に歩んでいけたらいい」
 富岡さんは二つの震災が結んだつながりが強く、深まることを願っている。
(報道部・吉田尚史)


2020年01月16日木曜日


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